【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第31回】

暴走するアイドル・BiSが圧倒的なサウンド・プロダクションとともに届ける傑作「My Ixxx」!

bis_myixxx0803.jpg※画像はBiS「My Ixxx」/バウンディより

 多くのアイドルの中でもBiSほどスタンスが賛否を呼んでいるアイドルはいないが、いや、その前にひとつ重大なポイントが見落とされている。松隈ケンタのプロデュースのもと、過剰なほどに作り込まれたサウンド・プロダクションがあるからこそ、BiSが(特に初期に)どんなにどうにもならないパフォーマンスだったとしても、どんなにネタ志向に走ったプロモーションを仕掛けたとしても、地盤沈下を起こすことはない、という構造になっているのだ。そして、BiSは振り付けを他のアイドルから吸収する過程で、模倣からオリジナルを生みだしてしまう。そういう意味で、BiSは異色というか異形の存在だ。自分たちを「アイドル」と言い張りながら暴走を繰り返すアイドル。

 この連載でもデビュー・アルバム「Brand-new idol Society」を紹介したり(https://www.menscyzo.com/2011/04/post_2442.html)、インタビューをしたり(https://www.menscyzo.com/2011/05/post_2604.html)してきたが、その後「My Ixxx」が8月3日にリリースされるまでは激動の日々だった。5月21日のライヴでユケがダイヴを繰り返し、ステージに戻そうとした私の肋骨にヒビが入って病院送りになったことは、今考えれば牧歌的だったとすら思える。6月2日に突如りなはむの脱退が発表され、りなはむ以外のBiSのメンバーは渋谷の路上で号外をまくという、今振り返るとよく意義のわからない行為をした。そして6月24日にりなはむの脱退ライヴ。6月29日には、ファンなどの16台のiPhone 4で4月に撮影されたもののお蔵入りが危惧されていた田中紘治監督による「nerve」のビデオ・クリップがYouTubeに公開された。りなはむに始まり、「おつかりなはむ~」という挨拶で終わる別れの手紙だ。

 それからわずか約1週間後である。大きな波紋を呼ぶことになる「My Ixxx」のビデオ・クリップが7月6日に唐突にYouTubeで公開されたのは。丹羽貴幸と浅井一仁による監督作品だ。

 森の中を全裸(に見える姿)で走り、踊り、笑うBiS。Sigur Rosの「Gobbledigook」を元ネタにしているのは想像に難くないが、私がこの映像を見たときに最初に連想したのは「藤岡弘、探検シリーズ」の「ミャンマー奥地3000キロ伝説の野人ナトゥを追え」の回だった。そのぐらいイカれている。プー・ルイとユケのディープキスが話題を呼んだ「パプリカ」がt.A.T.uへのオマージュだったなら、今回はThe Slitsのようであり、冷戦崩壊後のロシアのt.A.T.uから、サッチャー政権下と活動時期を同じくするThe Slitsへの変化だ……などと適当なことをコンテクスト厨らしく言っていたのだが、日が経つうちに「My Ixxx」はアイドルヲタ以外にも急激に話題になっていき、誰もが深読みを始めてしまった。周囲から出てきたキーワードだけでも、『思春の森』、ミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』、ピナ・バウシュの『春の祭典』、ジャン=リュック・ゴダールの『ワン・プラス・ワン』という具合だ。

 しかしほどなく私はこの賛否両論の騒ぎに苦笑と苛立ちを覚えはじめた。BiSのファンのコンテクスト厨は、それが単なる遊びであることを知っている。BiS以前からアイドルが好きだったりなはむが脱退したことで誰も「アイドル」が分からない状態となり、遂にBiSが暴走しはじめたことを察知していたのだ。もはやコンテクストの深読みには何の意味もない。

 「これ本当に全裸にはなってないだろ、騒ぎすぎだろ」と言いつつ約100回ほどビデオ・クリップを繰り返し見た私は、それでも再び見はじめた。BiSに残されたプー・ルイ、ユケ、のんちゃんの目の輝きを。オレンジの後光が差す中で歌うプー・ルイの凛とした姿を。インドのホーリーで使う粉末を湖でかけあう3人の無邪気さを。女友達は、岡崎京子の『東京ガールズブラボー』の名を口にした。その気持ちは痛いほどよく分かる。それまでBiSを知らなかった周囲の女性たちが「My Ixxx」を激賛していたのも驚くべき事態だった。執筆時点でYouTubeでの「My Ixxx」の再生回数は68万回を超え、なぜかコメント欄はタイ語で埋まっている。コメント欄がもはや「微笑みの国」と化している。

 新メンバーをオーディションで選んで登場させるまで、3人体制となったBiSでは、のんちゃんの覚醒ともいうべき光景も見られた。それまで4人いたグループが3人になることで増した重圧。実はその時期のライヴの充実ぶりに「このまま3人でもいいのではないか」とすら私は考えたほどだ。そして、公然とクチパクをしていたBiSは、りなはむのヴォーカル・トラックが使えなくなったために、生歌へと移行していく。それは、私が2月に初めて見て衝撃を受けた、ネジが10本ぐらい抜け落ちているBiSとは別物となっていく過程でもあった。

 7月9日のライヴで、ゆっふぃーことテラシマユフが加入。前述の変化に加えて、「優等生担当」のゆっふぃーが参加したことで「普通になった」と言うこともできるかもしれない。しかし、それはあくまで初期との比較論であって、冷静になってみれば初期メンバー3人が残っている時点でやはり異形だ。そう考えながら今も私はBiSの現場で騒いでいる。

 最初からアルバムでデビューしたBiS(アイドルしては珍しいパターンだ)にとって、初のシングルとなる「My Ixxx」。これもまた異様なほど力の込められた5トラックが収録されており、表層的なBiSへの批判を吹き飛ばすのに充分な作品になっている。ジャケットののんちゃんの首が何かおかしいことは脇に置いて話を進めたい。

 タイトル・ナンバーの「My Ixxx」は松隈ケンタが作編曲、作詞はBiS。そして冒頭からこの一節が耳に飛び込んでくる。「なんだかんだいったって 気にしてるんだ 『壊れた価値観捨てて』」。りなはむとの離別、周囲からのノイズへの鮮やかな回答であり、心情の吐露でもある。これをエクスキューズ抜きのロック・ナンバーで歌う爽快さこそ「My Ixxx」の醍醐味だ。

 続く「マグノリア」は一般公募で選ばれた楽曲で、まさかのラップ・ナンバー。そして、まさかと思うほどBiSのラップもうまくないのだが、メンバーの個性が出すぎる結果となっている。「作者都合」を理由に歌詞が掲載されていないが、耳を傾けているといわゆる「放送禁止用語」に該当する単語が出てくる気がする。触れないでおこう。「animal」は、冒頭の壮大なシンセサイザーから、悪魔のようなダミ声が入り、2011年にもなってエレキ・ギターの早弾きが展開されていくヘビィメタル。馬鹿馬鹿しいことを大真面目にやる潔さが輝く。「スプリットブレインシンドローム」は、元Hysteric Blueの楠瀬拓哉が作曲、ユケが作詞。生々しい歌詞がBiSから意外な大人っぽさを引き出すことに成功している佳作だ。

 そして最後に「My Ixxx(S&L remix with palm)」が収録されているのがこのシングルの肝だ。名目上は「My Ixxx」のリミックスなのだが、ヴォーカルすら録音し直しているように聴こえる。Schtein&Longerにより再編曲され、生のサックスとトランペットが心地良いAORマナーのサウンドへと一変してしまった。「My Ixxx」と「My Ixxx(S&L remix with palm)」が対で収録されている点には、もはやアイドル云々抜きで注目されるべきだろう。そもそもデビュー・アルバムの時点で生のブラスが入っているというのも、このご時世のアイドルのCDとしては非常に贅沢だったが、そのスタンスはこのシングルでも変わっていない。CDにこれだけ力を入れるアイドルはそう多くはない。サウンド・プロダクションの優秀さが担保されており、そのぶんBiSは自由になれるのだ。

 アーバンギャルドやフジロッ久(仮)とも対バンし、8月には京都の「nano BOROFESTA」、9月には「ぐるぐる回る」と、アイドルと関係ないイベントに次々と出演するBiS。彼女たちがどこへ行きつくのか、いまだ私にも見えない。しかし「My Ixxx」を聴けば、その活動の方向性は正しいと確認できる。これなら戦える。さらに8月はリリース・イベンントの嵐が待っている。何人が倒れるだろうか。BiSのファンは「もう何年もBiSを追いかけているような気がする」とよく口にする。しかし、彼女たちは今年ステージに立ったグループなのだ。BiSの今後の課題は、プー・ルイとユケが前に出がちなステージで、のんちゃんとゆっふぃーも含めた4人がどう均等にフロントを張れるようになるかだ。そこが焦点だろう。

 そして、この異常な密度のまま私たちは2011年の8月を生きる。BiSとともに生きる。まだ夏は始まったばかりだ。

「My Ixxx」

 
My IxxxのPVはスゴイ!

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