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またひとり去っていった輝かしいアイドルの記憶とともに BiS「BiSimulation」


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※イメージ画像:『BiSimulation』avex trax

 華々しく送り出されることがこれほどせつなく、残酷であるとは。3月16日、両国国技館で開催されたBiSのワンマンライヴ「WHO KiLLED IDOL?」を見終えて感じたのはそんなことだった。その日をもってワッキーことワキサカユリカが脱退したのである。

 2012年10月24日にエイベックスからアルバム「IDOL is DEAD」をリリースした後のBiSの活動を話すと長くなる。ただ言い切れるのは、Dorothy Little Happyとコラボレーションしたシングル「GET YOU」を「BiSとDorothy Little Happy」名義で1月9日にリリースし、両国国技館でワンマンライヴをするまでに起きた最大の事件は、2月6日のワッキーの脱退発表だったということだ。

 BiSの「内部抗争」騒動はこの連載の第44回(http://www.menscyzo.com/2012/11/post_4893.html)を読んでほしいが、いまいち洒落にならないまま現在に至るこの事件の最大の負の遺産は、2012年10月7日から8日にかけてプー・ルイとワッキーが100キロマラソンに挑戦し、その結果ワッキーが脚の不調を再発させたことだった。

 2012年11月15日には、恵比寿リキッドルームで開催された「夏の魔物」のアフターイベントにワッキーが出演しないことがアナウンスされた。私はたまたまこの日のライヴ前に「GiRLPOP」誌のインタビュー取材をする予定があったのだが、「ああ今日はワッキー欠席か……」とぼんやり思いながら会場に着くと、彼女もいて撮影や取材に同席してくれた。あのときのワッキーの「悔しい」という言葉は、3か月も経たないうちにより重いものとして記憶されることになる。

 この日を境に、ワッキーはライヴやイベントを欠席することが多くなった。年が明けた1月14日の恵比寿リキッドルームでのDorothy Little Happyとのツーマンライヴには参加したが、その終演後に私たちが見たのは、両脇をスタッフに抱えられながら、メイクも落とさずに会場を出ていくワッキーの姿だった。それを見た私たちは重い雰囲気で雪を踏みしめながら、「人は気力だけであれほどまでに踊れるものなのだろうか」という会話をしたことを覚えている。ステージ上でワッキーは不調を微塵も感じさせなかったのだ。

 現在となってはやや想像しづらいかもしれないが、BiSは2011年2月のライヴ活動開始当初は破滅的にダンスができなかった。それが大きく変わったのはユッフィーの加入後であり、さらに一気にレベルを底上げしたのは躍動的なダンスを見せるワッキーの加入だった。その実力は、Dorothy Little Happyとのコラボレーション時に公開された「BiS / "デモサヨナラ"踊ってみた」でも明らかだ。彼女はそのダンスそのものが歌うかのようだった。ただ、この段階ですでに「ワッキーはこんなに踊ってしまって大丈夫なのか?」と不安になっていたのも事実だ。完全に休むことはせず、ちょこちょこワッキーがライヴに復帰してはまた休むということを繰り返していたことも不安に拍車をかけた。これでは彼女の脚が治らない、と。



 「GET YOU」ではBiSが遂に禁断の「事前予約」を本格化させた。事前予約とは、CDの発売前にイベントなどをして予約を集め、初動を増やす麻薬のようなものだ。BiSサイドからDorothy Little Happyサイドへ企画を持ちかけたという「GET YOU」では、ほぼ休みが元旦のみと言っていいほど年末年始にライヴやイベントをBiSがこなし、ときにワッキーが復帰すると研究員(BiSファンの総称)が歓喜するという状態だった。ワッキー欠席のときも、メンバーの自己紹介はまるでワッキーがいるかのように進行して、研究員がワッキーの代役をこなすのが通例。ファンカムで撮影された1月13日のラゾーナ川崎プラザでの映像はワッキー不在だが、このときは建物の3階から研究員が自己紹介を絶叫して会場に響かせていて圧巻だった。



 そして1月31日に公開されたのが「BiSimulation」のビデオ・クリップだった。



 作曲は、元BEAT CRUSADERSにして現THE STARBEMSのヒダカトオル(日高央)で、それを松隈ケンタが編曲。さらにこの映像だ。スローモーションを多用して撮影された映像では、あさま山荘かと思うほどの勢いでメンバーが血糊をBUKKAKEられ、やがて背後の壁が倒れると巨大な月が浮かぶ。メンバーが苦しげな表情を隠さないこの映像が真冬の野外で撮影されたと知ったときには、正気かと思った。「BiSimulation」MUSIC VIDEO盤に収録されたメイキング映像を見てもその過酷さは想像以上。しかし、このビデオ・クリップの公開時、映像のラストがワッキーであることの本当の理由を私たちは知らなかった。

 そして約1週間後、ワッキーの両国国技館での脱退が発表された。放心した。3月24日に宮城県女川町で開催される「女川町商店街復幸祭2013」にBiSが出演するときはワッキーがいないのか……。そう思いつつ、2月14日にBiS恒例の「チュー会」(研究員の口の中に液体チョコレートを注ぎ込む馬鹿馬鹿しいイベント)へ行き、ワッキーと久しぶりに会ったときには言葉に詰まった。周囲には、顔面一杯にチョコレートを注がれて窒息死しそうな研究員も。それはともかく、申し訳なさそうな顔をするワッキーに、いつかまた機会があれば仕事をしようと言うのが精一杯だった。私の推しであるのぞしゃんに「ワッキー辞めちゃうからそれまではチェキを許して」と干されないように必死に懇願し、ワッキーとチェキを撮ったものの、私はいかにも「どういう顔をしたらいいのかわからない」という間抜けヅラをしていた。ワッキーの笑顔は相変わらず素敵だった。

 3月6日にはさよならポニーテールのアルバム「青春ファンタジア」がリリースされ、その初回生産限定盤のボーナス・ディスクに、BiSによるさよならポニーテールのカヴァー「あの頃(BiS kyoushuku version)」も収録された。松隈ケンタによるプロデュースで原曲以上に激しいロック・ナンバーと化したこの楽曲は、ワッキーの参加音源を1曲増やすことになった。3月6日に渋谷2.5Dで開催されたリリース当日イベント「はるポニ!」でBiSが5人で歌ったのが結果的には最初で最後。私が荒れ狂う現場の最前列でワッキーを見た最後の日でもある。


『BiSimulation』


ワッキー、バイバイ

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