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<第三回 近代編>

【日本の風俗発祥に迫る】尼さんもセックス大好き♪ 江戸時代は風俗最盛期!!


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※イメージ画像:『尼寺』株式会社オールイン エンタテインメント

【日本の風俗発祥に迫る】

第1回『風俗嬢の起源は巫女だった!?』
第2回『幕府公認のフーゾク店の登場』


 風俗の歴史に迫る本コラムも第3回を迎えた。今回は江戸~明治期における実像に迫っていきたい。

 中世から近世にかけては、いわば風俗の地ならしを終えた状態であった。私娼と公娼が区別され、幕府公認のフーゾク街を形成。武士から一般人まで広く世間に浸透した。

 そうして長き戦乱の世が終わり、天下泰平の江戸時代に突入すると、かの有名な吉原遊郭が誕生。1618(元和4)年のことである。江戸文化が花開いたといわれる元禄期には、大坂の新町遊廓、京都の島原遊廓、江戸の吉原遊廓を三大遊廓と呼び、おおいににぎわったという。

 遊郭は女性の地位を大きく向上させた。役割は風俗嬢と同じではあるが、遊郭で働く女性たちは幼少期から徹底的にに古典や書道、茶道、和歌、囲碁などの教養を叩き込まれたのである。当時、これほどの教養を備えた女性は少なかったため、一般女性たちの憧れの的となったともいわれている。

 遊郭で働く女性のことを、現代ではよく『花魁(おいらん)』と言われるが、所属しているすべての女性を指していたわけではない。遊郭には細かくランクが決まっており、下位の者は花魁とは呼ばれなかった。

 そのなかで最高ランクに属する『太夫(だゆう)』は、ほんの一握りの者しかならなかったといわれ、国民的スターとなった。その人気は今のトップアイドルの比ではない。日本中の老若男女が名前を知り、憧れたのだ。ちなみに太夫クラスと一夜をともにするためには、最低でも500万円は必要だったという。日本史上最高クラスの風俗嬢だったのだ。

 このように遊郭での遊行費は総じて高額だったため、一般庶民が気軽にヌキに行ける場所ではなかった。そこで、公的には認められていない庶民向けの風俗店も登場する。それが岡場所だ。東京では深川、日本橋、神田、浅草など190ヶ所以上にあり、江戸後期には遊郭をしのぐほどの活況を呈したという。こうした岡場所で働く女性のことを「女郎(じょろう)」と呼んだ。


『花魁撫子でありんす。 華ノ篇』


尼さんも飯盛女も、花魁も

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