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日本でも増加傾向にある「梅毒」、その名称と歴史


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※イメージ画像:『王様も文豪もみな苦しんだ性病の世界史』
著:ビルギット・アダム/草思社

 「梅毒」といえば、エイズが登場するまでは性感染症のなかでも最も恐ろしいものであった。放置すれば全身のあらゆる器官を破壊し、やがては死に至る病である。現在では抗生物質による治療法が確立しており、正しい治療さえ受ければ完治する病気である。だが、それでも今日でも軽視できない感染症のひとつである。

 さて、梅毒が人類史のなかで注目されるようになったのは、15世紀のヨーロッパであった。1494年から翌年にかけて、シャルル8世率いるフランス軍がイタリアに遠征した。すると、その直後にナポリで梅毒患者が発生。わずか数カ月でイタリア全土に感染が広がった。こうした状況に、イタリア人たちは梅毒を「フランス病」と呼んだ。ところが、逆にフランス人たちは梅毒に対して「イタリア病」「ナポリ病」という俗称をつけて応酬した。

 そうしているうちに梅毒はヨーロッパ全体に広がっていった。まず、フランス嫌いのドイツ人もやはり「フランス病」の呼称を使った。イギリスは無敵艦隊を破るなどの戦争をしてきた経緯からか、「スペイン病」と呼ぶようになり、ロシアでは「ポルトガル病」と呼ぶようになったという。ちなみに、ポルトガル病の呼び名は日本の文献にも見られるらしい。

 要するに、この恐ろしい感染症に、ヨーロッパではそれぞれ仲が悪い国の名前をつけていたというわけである。ちなみに日本では別にポルトガルに対して悪いイメージが強かったというより、ヨーロッパを表すものとして使用されていたにすぎないと思われる。

 さて、この梅毒は日本人とも関係が深い。梅毒の病原体であるトレポネーマ・パリドゥムの純粋培養に初めて成功したのはかの野口英世である。また、梅毒には長らく決定的な治療法がなかったが、明治43年(1910)にドイツ人のP・エールリヒと日本人の秦佐八郎によって治療薬「サルバルサン606」が開発された。これは、梅毒を根治させる効果がある画期的な医薬品だった。

 サルバルサン606は多くの梅毒患者の命を救ったが、その一方で乱用も増えていった。千葉大学医学部教授だった竹内勝氏によれば、サルバルサンによる治療は、最低でも3カ月、通常であれば1年以上かかるものであり、しかも規則正しく投薬しなければならない。そのため、根気よく通院する患者ばかりではなく、9割以上の患者が十分な治療を受けていなかったという。

 また、遊郭などで働く女性のなかには、「お清め」と称して薬局などで購入したサルバルサンを月に1~2回程度自分で注射していたというが、効果はまったく期待できないと竹内氏は指摘している。

 ところでこの梅毒、最近では日本でも増加傾向にあるというから気になるところである。早期の発見と正しい治療が有効なのは言うまでもなく、現在では抗生物質によって、短期にそして治療代もそれほど高くはない。治療法も注射ではなく飲み薬が普通である。

 ただし、治療薬は厳密に飲むことが不可欠だそうだ。治療経験のある方に聞いたところによれば、「薬の効果が切れないよう、朝何時に飲んだら、昼は何時、夜は何時と、医者から時間をすごく厳しく言われました」とのことだ。

 検査は病院の皮膚科や泌尿器科などのほか、保健所では無料で実施している。身に覚えのある人は、検査は是非受けたほうが良いだろう。
(文=橋本玉泉)


『江戸の性病―梅毒流行事情』


仁先生!

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