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映画界激震! 発売日は12月1日!!

映画賞を総ナメにしたあの女優がMUTEKIデビュー決定! 独占最速インタビュー!!


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年齢を重ねることでしか醸し出せない大人の色香。少女の面影は残しつつ......

 今やAVの人気ジャンルとして、すっかり定着した感のある"芸能人AV"。毎月のように大手メーカーが競い合って芸能人という肩書きを持った女の子をAVデビューさせているが、名前を聞いても極めて少数の人にしか認知されていない、芸能人とは名ばかりの無名なコたちばかりなのが実情だ。

 2010年も多くの芸能人AV女優が登場して、中にはAV史上に残るほど記録的なヒットを飛ばした者もいたが、年末を控えて真打ちが登場した!

 芸能人限定AVメーカーとして数多くの芸能人をAV界に送り出したMUTEKIから、女優つぐみのAVがリリースされるというビッグニュースが届けられたのだ。

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タイトル:『女優つぐみ』/品番:TEK-031/時間:60分/価格:3,980円
発売:12月1日

 つぐみと言えば1997年の芸能界デビュー以来、『ねじ式』『贅沢な骨』『ハッシュ!』『紀子の食卓』など多くの話題作に出演。ヒロインを務めた『月光の囁き』では「第9回日本映画プロフェッショナル大賞」新人奨励賞、「第21回ヨコハマ映画祭」最優秀新人賞、「第14回高崎映画祭」最優秀新人賞など、その年の新人賞を総なめした正真正銘の演技派女優である。

 その後の活動も順風満帆で、映画以外にも舞台にドラマにと活躍の場を広げて、着実に女優としての足場を固めているように見えた。しかし今から3年前に突如として表舞台から姿を消し、ようとして消息が知れなかった。

 ところが今年8月からブログとtwitterを開始。ブログでは久しぶりに撮影現場に行ってきたというエントリーもあったが、具体的な内容は明らかにされていなかった。

 そんな中で飛び込んできた、まさかのAVデビュー。果たして空白の3年間に何があったのか? またMUTEKI出演に至るまでの経緯とは? 真相を探るべく、つぐみ本人に直撃インタビューを敢行した。

──この3年間は、どんな活動をしていたんですか?

「実は芸能活動を休業していました。休業する1年半前から、このまま女優を続けていいのかなってモヤモヤしていたんです。この状態のままだとお芝居できないなと思って休業させていただきました。それからは普通にOL生活をしていました」

──それまでコンスタントに映画やドラマに出演していたのに、女優業から離れる寂しさはなかったんですか?

「寂しさよりも新しい世界を覗けるというワクワク感の方が大きかったですね。芸能活動を始めて13年間、役者から離れて一個人として生活をすることがなかったので、むしろウキウキしてましたよ。全く役者への未練がなかったかと言えばウソになるんですけど、自分から休業したというのがあったので今さら戻れない気持ちもありました」

──OL生活には馴染めましたか?

「すぐに慣れましたね。順応性があったみたい(笑)。もともと芸能界デビュー前に競艇新聞で働いていた経験があったので、OLをすることに抵抗もなかったんです。この3年間は本当に朝7時に起きて夜10時に帰宅みたいな生活を送っていたので、家に帰ったら寝るだけ。だから映画や芝居を観る機会もなかったんですよね」

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──3年間の休業を経て、どうしてMUTEKIで復活しようと思ったんですか?

「たまたま1年前に、芸能界デビューのキッカケを作ってくれた方と久しぶりに再会したんですよ。それで今回のお話をいただいて、最初は『バカじゃない?』って感じだったんです(笑)。ところが今年に入っても熱心に誘われて、少しずつ心が動いたんですよね。最終的には『別にいいかな』ってスゴく軽い感じだったんですけど(笑)」

──久しぶりの撮影はどうでしたか?

「デビュー当時より緊張したかもしれません。デビューの頃は何も分からずに『楽しい』という思いだけで現場にいたから、それほど緊張感もなかったんです。今回は3年ぶりの撮影で余裕がなかったのと、13年に渡って芸能活動をやらせて貰って、それに対して周りからどう思われるのかなって気持ちもあったんですよね。ただ、やっぱり撮影現場の心地良さってあるんですよね。主演している私のために、スタッフ全員が頑張ってくれるわけじゃないですか。3年間のOL生活は常に自分から動いて、どう評価されるか自己アピールをどんどんしていかなきゃいけない。そうしないと認めて貰えないという怖さがOLにはあったんです。でも私の場合、役者は自己アピールしなくても認めて貰える場なんです。だから心地良かったんですよね。ただ濡れ場は本当に緊張しました(笑)。でも芝居をメインに台本を書いていただいたので、その世界に入りやすかった部分はありますね」

──過去の話に遡りますが、小さい頃から女優に対する憧れはあったんですか?

「全然ですよ。芸能界なんて上の上の世界で、私の人生に関わってくるとは思いもよらなかったですね」

──それが、どういうキッカケで芸能界入りしたんですか?

「高校卒業後、2年ほど競艇新聞に勤めていたんですけど、すっかり出社拒否状態だったんです。仕事のモチベーションも下がっているタイミングで、先ほど話した方にスカウトを受けて、これで転職できると。母親に次の仕事がなかったら会社を辞めちゃいけないと言われていたので、これで説得できると、それぐらいの軽い気持ちでした」

──最初から役者のお仕事だったんですか?

「それがスカウトされた時に『セブ島に連れて行ってやる』と言われて、最初はヌード写真集のお仕事だったんですけど無邪気に『ワーイ!』と喜んでました(笑)」

──裸になることに抵抗感はなかったんですか?

「みんなに『抵抗あったか』って訊かれるんですけど、全くなかったんですよね。もちろん最初は緊張するんですけど一時間もすれば慣れるんですよ。まあ若さもあったでしょうね。何も考えていないというか、遊びの延長線上にいたというか。そもそもデビューした時は1、2年続けばラッキーだと思ってましたから」

──すぐに女優の仕事は入ってきたんですか?

「事務所に入って3カ月後に初めて『タイムリープ』とう映画に出たんです。その翌年から次々とVシネマと映画の仕事が入ってきたので、運も良かったかもしれない」

──デビューして間もない上に、演技経験もなくて、スムーズに女優業に入っていけました?

「それも若さですね。怖さがないと言うか。そのせいで3年目ぐらいで壁にブチ当たったんですけど......」

──自分の中で最初のターニングポイントとなった作品って何ですか?

「『ねじ式』ですね。あの映画で、つぐみという女優が存在していることを、監督や原作者が好きなコアな方向性の人たちに知って貰えたと思うんです。この作品がなかったら、その後の映画の仕事も、なかなか広がっていかなかったのかなって気はします。あの映画に出演した経緯は、私のVシネマデビュー作である『Another XX 黒い追跡者』を監督がご覧になって直々にオファーしてくれたんです。だからVシネマが私の原点なのかなとも思います。製作は東映さんなんですけど、Vシネマデビュー作以降も、いろんな大物俳優さん主演のVシネマでヒロインに起用していただいて勉強になりました。たぶん最初は脱ぎ要員だったんですけど、それを脱ぎ要員じゃなく起用してくださったのも、私の存在を世の中に知って貰えるチャンスをくださったのも東映さんなんです」

──脱ぎ要員としての自覚は最初からあったんですか?

「そうですね。私にとって脱ぐことは大きなことじゃなかったんですよ。ただデビュー6年後ぐらいに、ある方から『つぐみちゃんって着ていったよね』と。『脱いでいく女優さんはいるけど、着ていく女優さんは珍しい』って言われて、ちょっとほっこりした気分になったんですよ。それは一人の役者として認められたのが嬉しかったんですよね」

──つぐみさんの名を広く世に知らしめたのは『月光の囁き』ですが、多くの新人賞を受賞することで自信は深まりましたか?

「いや~、舞い上がっただけですよ(笑)。あの頃は本読みの時点で芝居ができていなかったので、監督さんを始め、共演者の皆さんにも助けて貰いました」

──『月光の囁き』は高校生の倒錯的な性を描いたラブストーリーで、つぐみさんは想いを寄せてくるマゾ性を持った主人公に対して、サド的な行為で応じるヒロインを熱演していますが、役には入り込めましたか?

「SMってよく分からないんですけど、蹴ったり踏んだりしてるとスゴく気持ちいいなって思いました(笑)」

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──先ほどデビュー3年で壁にぶつかったと仰ってましたが、それはどういう壁だったんですか?

「やはり演技ができていなかったので、厳しい監督からは『辞めちまえ。帰れ』なんて、みんなの前で怒鳴られたりして。その頃は、こう映りたいとか、巧く演じたいとか、そういう願望が強かったんです。あと、こういう顔は見せたくないとか、自分の中に蓋をしている部分もあって。ただ、いろんな監督たちとお会いして、演技に対する意識が変わっていったりとか。いろんな役者の先輩たちとご一緒させていただいて、自分の芝居への取り組みはこれではいけないんだなと考えたりとか。仕事の回数をこなしていくうちに自然と肩肘を張らなくなりました」

──ここまでは順調な役者人生を歩んでいるように思えますけど、どうして休業することになったんですか?

「壁を乗り越えてからは、自分の行く場所があるのが嬉しくて仕事仕事って感じだったんです。ところが05年に『鍵がない』『紀子の食卓』といった映画に出たあたりで、自分の生き方を考え始めたんです」

──それはどうしてですか?

「その頃から役柄とか共演者が変わってきたんですよ。以前は共演者が年上の方ばかりで、いつも現場では自分が一番年下だったんです。だから"つぐみ"とか"つぐみちゃん"って呼ばれていたのが、"つぐみさん"に変わっていったんです。そこに抵抗があったんですよね」

──いつまでも年下でありたいという気持ちですか?

「そうなんですよ。いつまでも怒られていたいというか、それまでは何となく現場にいたのに、いつの間にか年下や後輩の方と共演することになった時に、このままでいいのかなって。現場でも監督に『あいつを引っ張てあげてくれ』とか言われて、今まで自分の思う芝居をやってれば良かったのを、人を導いていく芝居に考えていかなきゃいけないというのがもどかしかったんです」

──その壁は乗り越えられなかったんですか?

「そこで乗り越えていたら休業してなかったと思います。私には人をフォローしたり、人を導くことはできないと思っちゃったんですよね。そんな折に三十代を迎えたのもあって、姉役だったり母親役だったり、メインの役者さんの脇に行った時に、自分はどういう芝居ができるんだろうって考え込んで。それで、できないかもしれないって思った時に目の前が真っ暗になって、私には何もないと自分が立っている位置が不安になって、それで休業しました」

──休業してOL生活をしていた3年間は精神的にどうだったんですか?

「生き生き暮らしていました。毎朝行く場所があって、そこに必要とされて貰える状態になったことが嬉しかったんです。役者時代は仕事が途切れると、行く場所がなくなる不安に捉われていましたからね」

──これから先の展望はあるんですか?

「何にもありません。MUTEKIの作品が出てから、いろいろ考えようかなって(笑)」

 女優という仕事に不安を感じて休業したつぐみだが、過去に対する後悔の念は一切感じられず、その表情と語り口は清々しさが漲っていた。OL生活を経たことによって、さらなる成長を遂げたつぐみのMUTEKI作品に乞うご期待!
(取材・文=猪口 貴裕/写真=川しま ゆうこ)

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