【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第13回】

非武装中立地帯的なアイドル・Tomato n’Pine

tomapai.jpgCD+DVD『キャプテンは君だ!(通常盤)』Tomato n’ Pine Tokyo

 一気にアイドルっぽくなったなぁ。というのが、Tomato n’Pineが3人編成になった当初に感じていた正直な感想だった。

 Tomato n’Pine、通称Tomapaiは、2009年4月に小池唯と奏木純のデュオとして「Life is Beautiful」でCDデビュー。多数のヒット曲を手掛けてきたagehaspringsがプロデュースしたこのシングルは、二人の会話などを素材にしたインタールードやリミックスなど13トラックも収録しており、まるでピチカート・ファイヴの「女性上位時代」のような構成だった。アートワークもポラロイド風の写真を多用しており、特にCDケースの裏ジャケットはThe Beach Boysの「Pet Sounds」を連想させる色使い。あまりにもハイセンス過ぎて、当時はTomato n’Pineはいわゆる「アイドル」として売ろうとしていないのではないかとすら感じたものだ。

 ところが、09年の夏に奏木純が芸能活動を休止。「伝説に残る『女子ふたり組』は10年に一度現れる。」という「Life is Beautiful」のCD帯のキャッチコピーは宙に浮くことになってしまった。

 そして10年、奏木純が正式に脱退し、HINAとWADAが加入してTomato n’Pineは3人編成のユニットに生まれ変わった。水着のDVDを出したり、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」にも出たりと、ずいぶん方向性が変わったものだと思わずにはいられない展開になってきた。

 しかし、新生Tomato n’Pineのライヴを「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」で見た瞬間、すべてが吹き飛んだ。友人が近くで見たいというので前のほうで見たのだが、Tomato n’Pineを見た瞬間に頭のネジが吹き飛んでしまった。Tomato n’Pineの当人たちは、PUFFYの「渚にまつわるエトセトラ」のカヴァーなどをゆるく踊りながら歌っていたのだが、その雰囲気がゆるければゆるいほど、こちらの正気が保てなくなるのだ。この不思議な魅力はなんなのだ? なぜかMCをほとんどしていなかったのも逆に好印象。ガツガツしている気配が微塵もないのだ。

 待望のニュー・シングル「キャプテンは君だ!」は、CDのほか、これに写真集が付いた「RED SCARLET」、「グアムで水着解禁!」を謳ったドスケベ心を刺激するDVD+写真集「BLUE SPLASH」とともに同時発売された。CDが欲しいので「RED SCARLET」を買ったら、写真集には1枚も水着がなく、8月の猛暑よりも熱い涙が私の頬を流れたことは、ここでは特筆しない。

 AKB48の最新シングル「ヘビーローテーション」のアレンジをagehaspringsの田中ユウスケが手掛けるなか、再びagehaspringsがプロデュースを手掛けた「キャプテンは君だ!」は、ブラス・セクションとストリングスの音色に彩られたゴージャスなブルー・アイド・ソウル・アイドル歌謡。「Life is Beautiful」と比べて音楽的にまったく後退していないのが嬉しい。

 そして、発売前から公式サイトで流れているだけで局地的に話題になっていたのがカップリングの「POP SONG 2 U」。90年代テイストのドラムに、Tomato n’Pineが力の抜けたラップを乗せる冒頭からして、凶悪なほどに衝撃的だ。そもそもこの冒頭部のラップが、ほぼTomato n’Pineの名称についてしか語っていないのも面白い。「君の嫉妬にシークワーサー」などと、歌詞が微妙なナンセンスさを維持しているのも「渚にまつわるエトセトラ」を連想させる。この楽曲だけ「POP SONG 2 U / KUMANBACHI remix」と題されたリミックスを収録。2010年のアイドルポップスを代表することになりそうな重要曲だ。

 もう1曲のカップリング「ためいき、オカリナ、ほら猫が笑う。」はタイトルからして名曲の予感しかしなかった。実際、ドラムンベース一歩手前のリズムに乗せて、3人が穏やかに、柔らかに歌う日常の機敏が心地いい。

 当初「渚にまつわるエトセトラ」が着うた配信のみでCD未収録だと発表されたときには落胆したが、いやいや、「キャプテンは君だ!」の新曲3曲はどれひとつ捨て曲がない入魂の仕上がりだ。そうした音楽面の一方で、Tomato n’Pineの3人にはいい意味で力みがないのが素晴らしい。この絶妙なバランスが得られた、というのはむしろ幸運だった。

 「渚にまつわるエトセトラ」のカヴァーが異様に似合うのは、Tomato n’Pineもまた自然体だからだ。そう、「アイドル」と「自然体」という実現がなかなか難しいものが現在の彼女たちには平然と同居している。優れたスタッフ・ワークに囲まれながら、Tomato n’Pineがこのまま非武装中立地帯的な独特のスタンスを崩してほしくないと願ってしまうのだ。「一気にアイドルっぽくなったなぁ」というよりは、むしろ「なんでアイドルをしてるんだろう?」というぐらいの勢いであり、そこにこそTomato n’Pineの真価があるのだ。とにかく、アイドルポップス好きの2010年のマスト・アイテム!

下北沢FM/Tomato n’ Pine(YUI, HINA, WADA)

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