AVライター・雨宮まみの【漫画評】第10回

男女が逆転した大奥、その世界で浮き彫りになるものは……?

517P6QGT48L._SS500_.jpg『 大奥(第1巻)』よしなが ふみ(著)/白泉社

 よしながふみの『大奥』という作品を、ドラマ『大奥』のマンガ化だとカン違いしている方はいないだろうか。私は一巻が出たときに一瞬そうカン違いしそうになったが(帯を読んで違うと気づきました)、読んでますます、それがとんでもないカン違いだとわかり、あまりの衝撃に戦慄した。ドラマ『大奥』どころか、ここには今まで誰も読んだことのないであろう『大奥』の話が描かれていたからだ。

 物語は六代将軍・徳川家宣の時代から始まる。しかし、この物語の中で家宣は「男」ではなく「女」で、「大奥」というのは女がたくさんいる場所ではなく、将軍の夜の相手を務めるための「男」がズラリと揃った場所なのである。

 なぜこんなことになっているのか。

 田舎で熊に襲われた少年が発症したのをきっかけに、天然痘に似た「赤面疱瘡」という伝染性の病気が流行る。なぜかこの病気は、男、しかも主に若い男にしか伝染しない。恐ろしい速度で男の人口が減り、男の人口は女の人口の約4分の1となる。そんな状況下で男は「子種を持つ宝」として大切に育てられ、家からほとんど出されず、農作業などの仕事は全部女たちがやるようになる。

 そんな状態だから、貧しい女は結婚できない。金持ちの女だけが大金を払って婿をとり、婿をとれない女たちは花街で男を買ったり、知り合いの男に金を払って種をつけてもらい子供を生むのである。

 一巻で八代将軍・吉宗(もちろん吉宗も女である)が登場し、オランダ商館長と通訳の男を通して御簾越しに対面するシーンがあるのだが、ここが凄い。吉宗は「その方の一行には女性が全くいないと聞いているが、それは何故か?」と尋ね「きつい船旅は女性には無理ですから」という返答を聞くと「どういう事だ? オランダ国の女達は皆病弱なのか?」と通訳に聞く。当然だ。この国では働くのも、力仕事をしているのも全部女ばかりだからだ。「女は弱い」「男には力では及ばない」「女は仕事に向いてない」という偏見をばっさり斬るようなこのセリフに、私は最初よしながふみはこのマンガで、すさまじいフェミニズムを描くつもりなのではないか、と思った。

 しかし、違うのである。大奥に連れてこられる男たちの苦労や苦しさ、大奥の中で起こる小競り合いや内部政治は、女だけの大奥で起こることとほとんど変わらない。そんな男のつらさをよしながふみは描く。

 そして、なんとしてでも世継ぎを生まなければならず、責任のある立場ゆえ好き勝手にすることもできず、自由に感情のままに生きられずに夜な夜な男と寝なければいけない女将軍の苦しみも描く。


 男と女が逆転した世界を描きながら、よしながふみはどこまでもフェアだ。男と女の立場を逆転させることで、それぞれの「性別」が否応なしに背負わされる立場の苦しさを際立たせ、現代の男女が背負っている苦しみに通ずるものも描いているが、それがはっきりと表に出てくるのは前述したセリフぐらいで、あとはただただ、苦しい男と女の、人間の生きていくさまが描かれている。筆致は淡々としているが、内容はよしながふみ作品の中でもすば抜けて激しく、凄惨だ。

 ひとつひとつの出来事をさらりと短く印象的に切り取りながらダイナミックに進んでいく展開の早さは、さながら一本の映画を観ているようだ。ものすごい大作になるかと思っていたのに、八代将軍吉宗が過去の大奥を振り返る、というシーンから三代将軍・家光の話に飛び、そこから現在最新刊の5巻でもうのちの吉宗が登場している。終わりはもうすぐなのではないかと感じる。

 正直言って、今この作品について何かを語るのはとても難しい。次々と出てくるドラマチックなエピソードや、男女逆転の世界を描く巧妙さのひとつひとつに驚かされ、心動かされながらも、この物語がいったいどういう地点を目指しているのか、大奥を描くことで本当は何を描き出そうとしているのか、まだわからない部分があるからだ。ここまで書いていても、自分でもこの解釈が正しいのかどうか疑わしい。ただ目の前のストーリーに夢中になっているだけでは見えてこない「何か」が、ひっそり仕込まれているような気がする。

 滑稽なほど皮肉な運命が連鎖していくストーリーを、無駄なシーン一切なしでぐいぐい読ませる手腕は見事で、こんな設定ながら無理なところもない。「男女逆転大奥!? そんなのあり得ない、いかにもマンガっぽい設定」だと思う人も、読めば笑っていられなくなるだろう。女に偏見のある人、男であることのきつさを感じている人には、特に読んでみてほしい作品である。答えは、まだ出ていない。この作品が描いている「何か」が何なのか、ぜひ読んで考えてみて欲しい。

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