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歴史探訪シリーズ

愛しているのに愛していないこと! 『葉隠』が教える「男色」の心得


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『葉隠(はがくれ)』江戸中期、山本常朝の武士としての心得を田代陣基が筆録。全11巻

 江戸時代の鍋島(佐賀)藩士、山本常朝の言葉を集めた『葉隠』は、武士道に関する古典として今日広く知られている。同書には武士としての心得やたしなみ、処世訓などがかなり広範にわたって収録されている。

 そのなかに、衆道(しゅどう)、すなわち男性同士の同性愛についての心得が切々と説かれている。

 まず、衆道には心構えが必要であり、その真髄を心得ていないと一生の恥をかくことになると警告している。その心得とは、まず互いに想う相手は一生にただひとりだけ。相手を何度も取り替えるなどは言語道断。そのためには、5年は付き合ってみて、よく相手の人間性を見極めるべきだと力説する。相手が人間として信用できないような浮気者だったら、付き合う価値がないので断固として別れるべきだと説き、怒鳴りつけてもまとわりついてくるようであれば、「切り捨つべし」とまで言い切っている。

 次に、佐賀藩での「衆道の元祖」という星野了哲なる人物を紹介しているが、どうやら衆道についての教えを広めるような人物だったらしく、弟子も非常に多かったという。その了哲先生がひとりの弟子に衆道の心得について聞いたところ、「好いて好かぬ者」、つまり「愛しているのに愛していないこと」と答えた。これに了哲先生は、「長年骨を折った甲斐があった」とたいへん喜んだという。
 
 これについて後にこの弟子は人に聞かれて、「衆道の極意とは命を捨てることである。しかし、それでは主君にささげる命がなくなってしまう。それでは、武士としていざというときに困る。だから、好いていてもあえて『好きではない』とするのが衆道の心得と理解した」と語っている。

 すなわち、衆道を極めれば「命がけの恋」ということになるらしい。これについては山本常朝自身も、想い合う男同士は「互いに命をかけての関係」と述べている。

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「武士道とは死ぬこととみつけたり」は「死ぬことは美しい」と捉えられがちですが、
実際は「いつでも死ぬ覚悟を持って生きろ」ってことだったりします

 また、事例として、小姓の中島山三が思いを寄せる同じく城勤めの百武次郎兵衛の気持ちを確かめるため、夜半に次郎兵衛の屋敷を訪れ、「3名の人を斬った」というウソまでついたエピソードが紹介されている。すでに治安が確立した江戸時代に、理由はどうであれ3人も斬り捨てたとあれば重罪である。しかし次郎兵衛は山三の身を案じ、そのまま2人で逃亡。深夜になって山中に身を隠した。その行動を見た山三は、ウソを告白し、その場で「契りを交わした」と記されている。

 ともあれ、『葉隠』の人生観では、衆道とは武士道と同等の「命をかけた」、非常に重みのある価値観で成り立っていると考えられよう。
(橋本玉泉)

『葉隠(まんがで読破)』(イーストプレス)

現代に通じること多々あり!


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