【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第39回】

アイドルラップユニットがダメな大人を叩き起こす!「HEY!BROTHER」ライムベリー

※画像:「HEY!BROTHER」/ライムベリー/エアリーズエンタテインメント

 かつて活動していたヒップホップユニット・MOE-K-MCZの楽曲をカヴァーをするアイドルがデビューする。2011年の秋、そんなニュースが一部のアイヲタの間を駆け巡ったとき、私は硬く身構えた。2007年にプロジェクトが発足したMOE-K-MCZのプロデューサーは、「E Ticket Production」、つまり『神様家族』(メディアファクトリー)などで知られる小説家の桑島由一だ。露悪的なほどに「萌え系」のラップユニットであったMOE-K-MCZの活動停止から数年、同じE Ticket Productionの手で何が出てくるのか……。しかし、あまりの評判の高さに12月には私もライヴの現場へと足を運ぶことになる。

 衝撃を受けたのは、そのステージのみずみずしさだった。MOE-K-MCZのメンバーは20歳前後だったが、ライムベリーは全員が中学生。MOE-K-MCZの代表曲だった「HEY!BROTHER」では、タイトルの直訳である「ねーお兄ちゃん」という歌詞が繰り返されるが、この年代に呼びかけられるなら違和感がない。正直、気持ちいい。だからこそ一緒に一緒に「ねーお兄ちゃん 好き」という歌詞で一緒に「好きー!」と叫ぶこともできた。そもそもヲタが「好き!」と叫ぶのも、「お兄ちゃんはお兄ちゃんが好き」的な倒錯した構図だが……。

 

 
 ライムベリーはusa☆usa少女倶楽部の派生ユニットで、MCのMIRI、HIME、YUKAの3人と、DJのHIKARUからなる4人組。オールドスクールを意識した洗練された衣装はもちろん、激しく動くフロントの3人と対照的にツンデレっぽいHIKARUのキャラクターにも惹かれるものがあった。そして本連載の2011年のベスト10(https://www.menscyzo.com/2011/12/post_3364.html)では、2012年の音源リリースを待望する旨を特記することになる。

 そして遂に届けられた「HEY!BROTHER」は3曲入りのマキシ・シングル。衣装、写真、アートワーク、そしてCD盤面のギミックなど、すべてにおいて圧倒的なセンスの良さを見せつける作品だ。タイトル曲「HEY!BROTHER」は、冒頭のドラムからして聴く者の胸を高鳴らせ、オールドスクールなスクラッチが絡み、3人のMCのラップへと突き進む。彼女たちのラップは、たとえば同じアイドルであるtengal6(8月からlyrical schoolに改名予定)と比べるとフロウが軽いのだが、歌詞やブラスセクションの音を多用したバックトラックとあわせて、それを忘れさせる魅力がある。100人以上のファンを集めたライヴで公開録音された「RHYMEBERRY IZ NO.1(2012 LIVE TAPE)」は、自らをNo.1と名乗るヒップホップ・マナーに沿った楽曲。このトラックはエレクトリックリボンのasCaがエンジニアを担当しており、同じくusa☆usa少女倶楽部の派生ユニットであるリトル☆ラビッツを彼女が今後手掛けることにも注目したい。ライヴではすでにエレクトリックリボンの「センセイ!」のカヴァーも披露されている。

 

 そして「HEY!BROTHER」を非常に重要な作品にしているのが、最後に収録された「Ich liebe dich(HIKARU MIX)」だ。DJであるために、CDではほとんど声が入らないことになってしまうHIKARUにポエトリーリーディングをさせている楽曲なのだが、2012年のアイドルシーンにおいて屈指の作品になるであろう楽曲だ。日本語ラップの系譜で言うならスチャダラパーの「彼方からの手紙」を連想させるようなアンニュイな雰囲気のなかでHIKARUが語る言葉たち。「たくさん本を読もうって決めたんだ/自分の気持ちをちゃんと伝えられるように」という歌詞から始まり、友達、宿題、学校、放課後のグラウンド、吹奏楽部、黒板――そんな単語たちが流れ出してくる極めて思春期的な世界。幻想的なエンディングとともに、この楽曲の物憂げさと前向きさは深い余韻を残す。

 「HEY!BROTHER」には未収録だが、Boys Town Gangの「CAN’T TAKE MY EYES OFF YOU(君の瞳に恋してる)」をサンプリングした「MAGIC PARTY」のようなキラーチューンもライムベリーにはまだまだ存在する。ライヴではHIKARUがDJをやめてMCの3人と一緒に踊る光景がカタルシスをもたらす楽曲だ。権利関係がクリアされて音源化されることを期待したい。

 

 
 最後に個人的な話を書くと、10年以上前に桑島由一に「いつか宗像さんを納得させるような楽曲を作りたい」というようなことを言われたことがある。どうせ本人は忘れているだろうが、当時のお前の願いは2012年の「Ich liebe dich(HIKARU MIX)」をもって達成されたと私信をくれてやりたい。お前の勝ちだ。

 アイドルブーム(『アイドル戦国時代』という文字列を見るのももう辟易する)のために私が聴くCDの量も増えた。それなのに私は確実に疲弊しており、心に残る作品は少ない。この連載の場を与えられながらも、私が書くには至らない状態が続いた。アイドルとそれを囲む大人が増え、そして誰もがアイドルシーンがどうしたとか唱えたがる。ただ数だけが増えたんだ。そんな状況の中で、この面倒くさい大人である私を突き動かしてくれた中学生たち、ライムベリーにささやかな感謝を捧げたい。

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