【番外編 ドリー・尾崎のメンズ的映画評】

真面目な生徒会長・佐藤寛子が艶やかに脱皮!! 『ヌードの夜―』の濃厚な味わい

nuden_main.jpg(c)2010「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」製作委員会

 早くも映画界は正月興行に向け、お正月作品の宣伝展開を始めているが、中でも先陣を切ってTVスポットが大量投入されているのが、12月17日公開の洋画大作『トロン・レガシー』。本作はCG映画の革命と唱われた、あの懐かしい『トロン』(82年)の、じつに28年ぶりとなる続編である。

 通常は前作の好評や興行的成功を受け、2年3年と間を置かずに製作される続編作品だが、日本でもそんな『トロン・レガシー』に劣らない、正編より約17年という期間を経て製作された映画が10月2日に公開される。それが『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』だ。

 『ヌードの夜』といえば1993年、日本映画に新たな風を吹き込んだハードボイルドとして、しとど降る雨に逆光と夜のコントラストが映えるその独特な映像スタイルと併せ、強く記憶している人も多いだろう。また異能の劇画作家・石井隆が映画監督業へと創作活動を拡げ、本格的に知名度を得た映像作品での”代表作”といっても過言ではない。やくざの女が一計を案じて男を殺し、その策略に巻き込まれたよろず代行屋・紅次郎(竹中直人)との捻れた情愛が繰り広げられる本作。未見の方のために結末には触れないが、その悲劇的で救いのないクライマックスと余韻を含んだラストが、続編の展開も必至と覚えさせる。

 『愛は惜しみなく奪う』は、そんな紅次郎が前作と同じような轍を踏み、再び後戻りの利かない憐愛と情交の世界に足を踏み入れるところ、まるで17年もの経年などなかったかのように『ヌードの夜』の世界観に寄り添っている。しかし、その劇的シチュエーションは前作よりもさらに猥雑でダーク、哀しくも滑稽な人間模様がねっとりとドラマに絡みつく、一筋縄ではいかない石井ワールドとなっている。

 今回、次郎に依頼を持ち込むのは、夜の世界に身を置く女・れん(佐藤寛子)。母親であるあゆみ(大竹しのぶ)が経営するバーに、腹違いの姉(井上晴美)と勤める彼女は、ある女の消息を探してくれるよう訪れたのだ。だが彼女たちの素性はあくまで”表の顔”にすぎず、その背後では金持ちの常連客を虜にして内縁関係となり、気を許したところで殺害、その財産を我がものにする恐ろしい毒婦たちだったのだ。

nuden_sub.jpg鬼母・あゆみ(大竹しのぶ)と姉・桃(井上晴美)。れんは2人の言いなりになってきた。

 次郎もまた、彼女たちの犠牲者と同じ運命を辿るために動かされる男だったのだが、依頼を遂行していく過程で、れんの悲壮な過去を知る。そして自らが利用されていると知りながらも、れんを想い信じる感情の”せめぎ”に彼は苦悩するのだ。  プロダクション・ノートによれば、本作は10年前、次郎を演じた竹中直人宛てに、石井監督が個人的に送ったストーリー脚本より端を発している。それが竹中の希求により、映画化へと本タイトルが浮上していったとも記されている。しかし合わないタイミングと製作の諸条件、そしてヌードも辞さないヒロイン役の選出難航などあり、容易には製作にこぎつけられなかったそうだ。計画的に機が熟すのを待ったのではなく、さまざまな物理的制約が、17年間という歳月を必要とさせたのだ。

 しかしそうした足枷が、逆に作品の完成度に多大な貢献をしていると言える。経年による監督のテーマへの捉え方や構えの変遷、時代の趨勢に歩みを合わせたことで、舞台や設定のカオスな様相がより物語の舌触りをビターなものにする。また物語の基本としてある「サスペンス展開」は、『花と蛇』など、ややエロスとセクシャリティに傾きがちだった石井監督の近作から軌道修正ぎみに、劇画時代あるいは初期映画作に見られる動的なテイストを引き戻したようにも感じられる。石井が描いた一連の「名美」シリーズへの原点回帰といえばそれまでだが、ヒロインの人物像が明確になっていくのとパラレルで、ファム・ファタール(悪女)たちの素行が崩壊へと到るスリリングな展開。それが観る者を物語へとグイグイと引き込んでいく。

 だがいかにあろうと、”人が人を愛することのどうしようもなさ”を追求する石井作品の根幹に陰りはない。心に空洞を持つ者どうし、共鳴し傷を嘗めあうように惹かれるその男と女の構図には、まごうことなき「石井的情愛世界」のアイデンティティが屹立している。  そしてもうひとつ、創作の前に大きく立ちはだかったヒロインの選定――。そこに気鋭のヒロイン・佐藤寛子というピースがぴったりとはまったことも、この映画の成立要素としてはとてつもなく大きい。グラビアを主戦場としてきた頃の彼女からは想像もできない展開だが、無垢でありながらその肉体を駆使して闇社会を生き抜いてきた魔性、そして愛情と憎悪、ふたつ心に住むアンビバレンツな葛藤を、女優として生きる意志と意気込みを強いモチベーションとし、臆することなく演じ切っている。

 その覚悟の可視化が、スクリーンに惜しみなくさらけだされるヌードシーンだという野暮な言い方もあるが、グラビア時代よりいくぶんシャープになり、それでも豊熟だった頃の名残りを微かに匂わす彼女の一糸まとわぬ姿は、生々しいのに手をすり抜けるように透明性のあるアンバランスさを際立たせ、れんというキャラクターをこのうえもなく体現しているのだ。  経年がワインを熟成させるように奏功し、かくて濃厚な味わいとなった『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』。正月大作へと向かう映画界の流れをよそに、静かにその味わいに目と舌を楽しませるのもいいだろう。 (文=ドリー・尾崎)

ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う
監督・脚本/石井隆
出演/竹中直人、佐藤寛子、東風万智子、井上晴美、宍戸錠、大竹しのぶ
配給/クロックワークス
R15+ 10月2日(土)より銀座シネパトス、シネマート新宿ほか全国ロードショー

「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」 佐藤寛子写真集

 
幾層も皮がムケたね

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