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“ドラゴン・リングイン”は計算だった!藤波辰爾が語る「金曜8時のプロレス」と「今のプロレス」


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 現役にこだわり続けるプロレスラー・藤波辰爾。1971年5月9日に18歳でデビューし、長州力、天龍源一郎ら数々のライバルとしのぎを削り、40年にわたって第一線で活躍してきた。コワモテが多かったレスラーのイメージを変えた存在としても知られ、本人歌唱の入場テーマ「マッチョ・ドラゴン」は一部でカルト的な人気になり、最近は『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の『歌がへたな王座決定戦』に出場するなどお茶目な一面もある。

 4月20日にデビュー40周年記念マッチのファイナルとなる後楽園ホール大会を予定し、さらに5月16日にポニーキャニオンから栄光のジュニア時代の貴重な試合を収めたDVDボックスを発売と、いまだ人気も体力も衰える気配のない藤波。ゴールデンタイムにプロレスがテレビ放送されていた黄金時代と今の斜陽時代を現役で経験してきた彼に、プロレスの過去と現在の話を聞いた。

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『藤波辰爾デビュー40周年記念DVD-BOX 』
発売元:ビデオ・パック・ニッポン/販売元:ポニーキャニオン
¥21,000(税込)/5月16日発売
(C)2012 テレビ朝日/新日本プロレスリング

──デビュー40周年というのはプロレス史に残る偉業ですね。これだけ長く一度も引退せずに第一線で現役を続けてきたレスラーは他にいないんじゃないでしょうか。

藤波 そうですね。今度の40周年大会で若手の頃に対戦した選手とも、もう一回やりたいなと思ったんですけど、ほとんどみんな引退してました(笑)。

──ジュニア時代からのライバル・木村健悟さんも引退されてますね。

藤波 健悟も復帰して出ないかって口説いたんだけどね。けど今、彼は品川区の区議会議員ですから。政治家の先生は、なかなかリングに上がってくれないですよ(笑)。当日はゲストとして花を添えてくれますけどね。

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『藤波辰爾デビュー40周年記念DVD-BOX』より
(C)2012 テレビ朝日/新日本プロレスリング

──藤波さんといえば、ヘビー級での活躍はもちろん、20代の頃にジュニアヘビー級を盛り上げた元祖アイドルレスラーとしての顔もありますね。

藤波 当時は猪木さんや馬場さんの全盛期で、レスラーといえばデカくて近寄りづらい迫力があったんですよ。ジュニア時代の僕は、普通の人よりちょっといいくらいの体格しかなかったので、親しみやすかったのかもしれない。

──女性ファンも増えたといわれています。

藤波 ゴールデンタイムにテレビ放送があって、僕みたいな新しいタイプのレスラーがいて、女性も入りやすかったんでしょうね。タイミングが良かった。それまでは猪木さんのようなメインイべンターという、絶対的な存在がありましたから。ジュニアが盛り上がったことで、見る方からすれば楽しみがバッと広がったという部分はあるでしょうね。

──5月発売のジュニア時代のDVDは、初映像化の試合も多いですし、ファンにとってはたまらないでしょうね。このDVDで昔からのファンに、当時を思い返してほしいという気持ちはありますか。

藤波 そうだね。自分自身もそうだからね。DVDで試合を見返すことで、その当時の自分の元気を感じて自然と背筋が伸びるというか。ファンの人達も単に懐かしむのじゃなく、「あの当時の俺はこうだったな」とか「あの頃はこんな気持ちだったな」と思い返してもらいたい。そうすれば、今の行動も変わってくるんじゃないかな。そうあってほしい。

──ご自身の人気を初めて感じた瞬間はどんな時だったのでしょうか。

藤波 アメリカでチャンピオンになって凱旋帰国した時に、凄い出迎えがあったというのもそうですけど、やっぱりあの頃はテレビの時代なんですよね。金曜日の夜8時という贅沢な時間に、毎週放送があるわけですよ。20%以上という凄い視聴率を取ってね。だから、人気を感じたというのはテレビ放送に出るようになってからですね。

──「金曜8時」の盛り上がりに比べると、今のプロレス界の元気のなさというのは寂しく感じますか?

藤波 時代の流れで致し方ない部分はありますけどね。ただ、僕らの世代のレスラーは「金曜8時」というものに強い思いを持ってます。この年齢でリングに上がれるというのも、その時代があったおかげという部分が大きい。

──ゴールデンタイムで放送されていた時代に比べると、今はスターが生まれにくい状況になっているように思えます。

藤波 どの業界もそうでしょうけど、今はなかなかテレビでスターを育てるのが難しい時代ですよね。僕らのころは、嫌でもテレビによってスターとして認知されるようになる。そういう意味では、良い時代だったね。

──その黄金時代を共に担った長州力選手や初代タイガーマスク選手と共に「レジェンド・ザ・プロレスリング」を旗揚げされましたね。

藤波 新日本プロレスを離れて「ドラディション」を立ちあげた時に、最初は長州やタイガーはいなかったんだけど、ファンや関係者との話の中でどうしても「金曜8時」の話題が出てくるんですよ。だから二人を説得してリングに上げたんだけど、当時を知るファンにとっては願ってもないことだよね。僕は現役にこだわってるから、また彼らと一緒にやることで元気を取り戻す材料にもなる。

──3人の中では、藤波さんだけ一度も引退されてないですね。引退したレスラーが復帰することが珍しくなくなった気がしますが、どんな心理があるんでしょうか。

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藤波 リングが好きなんですよ。リングに一度立った者なら分かるんですけど、お客さんの歓声を浴びる快感というかね。忘れられないんですよ。プロレスだけじゃなく、きっと相撲もそうだろうし、野球もそうだろうし。そういったスポーツと違って、プロレスというのは僕が40年もやってきたように、長くやってられることが幸せだよね。

──40周年記念大会には、前田日明さんもゲストで来場されますね。

藤波 長州もタイガーマスクも復活したんで、今の僕のテーマは前田日明を復帰させることなんですよ。いずれ彼をリングに戻したいと思ってます。

──実現したらファンにとっては最高のサプライズでしょうけど…。

藤波 彼が追及してきたものは、コアな世界になっちゃってるからね。本来はもっとプロレスで光を放てるレスラーなんですよ。完成しないうちにリングを降りちゃってるから、それがもったいないなと僕は思っちゃうんだよ。今ならまだ十分に、ファンに元気を与える勇姿を見せられるんじゃないかと。

──1度はプロレスを否定して格闘技路線に進んだ船木誠勝選手も、引退後にプロレスのリングに戻ってきましたからね。

藤波 やっぱり、みんなプロレスが好きなんですよ。まだ前田は格闘技に気持ちが残ってるから、葛藤してんですよ。リングに上がるべきか、上がらないべきかって迷ってる。僕は絶対に復帰させるつもりですから、前田がUWFのレガースを着けてリングに上がるのは間近です!(自信満々で)

──前田さんに限らず、戻ってこれる人には戻ってきてほしいという気持ちですか。

藤波 そうだね。昔からのファンが今も思い焦がれてるようなスター選手は、もう一回、夢を与えるためにリングに立ってあげるべきだね。身体が動くならね。長州なんか一度引退したのに、僕より元気いいですよ。肌の色真っ黒で(笑)。

──藤波さんはレスリング主体のクラシックスタイルのプロレスを提唱されてきましたが、危険技連発で過激化した最近のプロレスに関しては、どのように考えていますか。

藤波 選手にすれば、ファンに自分たちの凄さを見せようという気持ちがあって、どうしても自分たちの力量以上のことをしようとする。それが危険な方向にいってしまうんだろうね。かといって、地味にすればいいのかということじゃなくてね。本来、プロレスで魅せる部分というのは、ものすごくたくさんの引き出しがあるものでね。いろんな引き出しを開けてみることが必要じゃないかと思いますけどね。

──格闘技というライバルができたことも関係しているのでしょうか。

藤波 総合格闘技やK-1ができたから、どうしても過激さで対抗しようとして惑わされちゃうよね。最初から殴り合ったり、大技でブン投げたりとか。プロレスは本来、手を取ったり足を取ったりして相手を崩して、それから関節や固め技をやって、それでも決まらないから大技を出すという流れがある。そういったレスリングのスタイルを自分たちで追求すれば、もっとファンの目をプロレスに向けさせることは可能だと思うんだけどね。

──格闘技に乗りこんで対抗しようとする選手もいますね。

藤波 確かに異種格闘技という形で対抗すれば、見てる方は面白いわけですよ。日本人は強さを追求したくなっちゃうタイプだから。プロレスもアメリカみたいに演出だけじゃダメで、日本人は「誰が一番強いのか」というのを追及したくなる。でも、プロレスは格闘技と違ってドラマを見せる場所でもあるからね。異種格闘技をやっちゃいかんということはないけど、僕はプロレスを追及して対抗していけばいいんじゃないかと思う。

──今のプロレスを見てると、どうしても大技連発になってしまうので、観客の感覚がマヒしてしまう部分があると思います。プロレス黄金時代に、ブルーザー・ブロディが単なる二―ドロップを必殺技にしていましたが、今では考えられないほどの説得力がありました。ああいうものが、今はあまりないかなと…。

藤波 うーん、技の重みが失われたというかね。技が高度化してプロレスが進化するのは良いことなんだけど、残さなきゃいけない大事な部分を区別していかないと。選手がそういう意識を持っていないと。お客さんの試合を見る感覚がそうなってしまうからね。別に最初から激しくドタバタ殴り合わなくても、お客さんは試合の時間経過とともに色んなことをイメージしながらリングを見てくれるんです。想像しながら楽しむ。そういうイメージ作りをせずに瞬間的に盛り上がる大技にばかり頼ってると、お客さんの楽しみが半減しちゃうよね。

──話は変わりますが、数年前に「アメトーーク」(テレビ朝日系)というバラエティー番組のプロレス特集で藤波さんが話題になっていたのはご存知ですか?

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藤波 見てましたよ。本人はマジメにやってるのに、あんなにイジられるとはね(苦笑)。

──ああ、ご覧になってたんですね!(笑)

藤波 ああいうイジり方だったけど、それだけ彼らも当時のプロレスを熱く見てくれていたのは分かるからね。そういう形からでも、当時を思い返してくれれば。

──番組で話題になった「ドラゴン・リングイン(※)」なんですが…。あれはどういう意図があった動きなんでしょうか。

藤波 あれは僕のひらめきなんだけどね。タッグマッチだと、パートナーとタッチしたり技をカットする時にリングに入るわけだけど、普通に出るよりコーナーポストに掛け上がって飛びこんだ方が動きが出るでしょ。テレビカメラで映す時も、その方が画面に動きがある。

※ タッグマッチにおいてリングに入る際に、コーナーポスト最上段から何もせずにリングインする藤波の定番ムーブ。派手な入り方の割りに着地の瞬間を狙われて技を食らってしまうことが多く、やられる場面を集めて番組でネタにされた。


──なるほど…そういう計算があったんですね。

藤波 リング内にいるレスラーと別にコーナー上から飛びこんでくれば、テレビで見てるファンも会場で見てるファンも「おっ!」と思って、そっちにも意識がいくじゃないですか。試合の見方が広がりますよね。

──テレビと共にあった「金曜8時」を経験したからこそ、画面の動きまで意識した「ドラゴン・リングイン」が生まれたんですね。

藤波 僕らはそういう動きを「頭のてっぺんから足の先まで意識しろよ」と猪木さんに言われてきたからね。「パートナーが闘ってるからって、ボーッと見てるんじゃねえぞ」「自分が闘ってるのと同じ気持ちでコーナーにいろよ」と教えられましたね。

──なるほど。試合内容だけじゃなく、どう見えてるかを意識しろと。

藤波 プロレスというのは、技と技の間に動きが止まる時があるんだけど、そこでダラッとしてしまったら、お客さんには休んでいるようにしか見えない。そういう時に指先まで力が入ってるか。休んでいるわけじゃないという見せ方をしないとね。

──テレビだと細かい動きや力の入り方まで分かってしまいますからね。

藤波 そう。止まってる時が一番神経を使わなきゃならない。もちろん、試合中に力を抜く場面はありますよ。でも、それとダラけてるのは違いますからね。

──そういう面で猪木さんのうまいなと思ったところはありますか?

藤波 全てが意表を突きますよね。あの人の動きというのは。当たり前の動きはしない。一番分かりやすいのは、現役時代の猪木さんがリングに上がってる時の指先と、今の選手の指先を見比べてみてください。僕の言ってることが、よく分かりますよ。

──レスラー生活はケガがつきものだと思いますが、藤波選手はもうダメだと思ったような大ケガはありましたか。

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藤波 ビッグバン・ベイダーとのシングルマッチで腰を痛めて、椎間板ヘルニアになった時ですね。選手生命が終わったなと思ったのは。

──40年という長い年月、ずっと激闘を続けてきたわけですから、腰以外にも身体にダメージが蓄積されている部分はあるんでしょうね…。

藤波 首もそう。頸椎もそう。膝もそう。医者に言わせれば、「よくこれでリングに立ってますね」という状態だそうですよ。

──このままプロレスを続けたら危ないんじゃないか、って怖くなることはありませんか。

藤波 それを真剣に考え始めたら、もうリングに上がれないですよ。日ごろは怖さを持っていても、リングに上がった時は忘れないとね。ただ、若い頃は勢いでやれたけど、今はそのために一つずつテーマを決めていかないとテンションが続かない。だから、40周年記念大会の次は巌流島があって。相手にせよ、場所にせよ、そういったテーマがあると、自分のやる気を起こさせてくれるよね。

──ジュニア時代のDVDというのも一つのテーマになるんじゃないでしょうか。

藤波 そうだね。ジュニアの頃は締まってたから「この頃はこんな身体してたんだよな」って思って、当時の肉体にどれだけ近付けるかというのも僕のテーマになりましたね。お客さんもDVDを見るわけだから、今の身体を見てガッカリさせるわけにはいかない。当時の肉体そのままというわけにはいかないけど、今度の試合を楽しみにしていてほしいですね。
(取材=佐藤勇馬/Yellow Tear Drops/写真=辰巳千恵)

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藤波辰爾(ふじなみ・たつみ)
大分県出身。1953年12月28日生まれ。58歳。
70年6月に16歳で日本プロレスに入門。72年にアントニオ猪木が旗揚げした新日本プロレスに参加。遠征先のアメリカで“プロレスの神様”ことカール・ゴッチに師事し、78年1月にニューヨークのマディソンスクエアガーデンでWWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得。同年3月に凱旋帰国し、ジュニア戦線で空前のドラゴンブームを巻き起こした。81年にヘビー級に転向し、IWGPヘビー級王座・タッグ王座などのタイトルを獲得。新日本の社長を務めた後の06年6月に退団し、自身の団体「無我ワールドプロレスリング」を旗揚げ。08年1月より団体名を「ドラディション」に変更。 ●DRADITION・オフィシャルサイト

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