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政府のトンチンカンな政策は昔から 「人口増加を抑制せよ」と家族計画を推進したその具体策は?


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※イメージ画像:『「家族計画」への道―近代日本の生殖をめぐる政治』
著:荻野 美穂/岩波書店

 昭和29年(1954年)といえば、3月にアメリカがビキニ島で実施した水爆実験によって日本の漁船が被ばくするという、いわゆる第五福竜丸事件が起きた年である。これをきっかけに反核運動が盛んになり、事件をスクープした「読売新聞」が最初に使った「死の灰」という言葉が流行語にもなった。

 しかしこの頃、国が気にしていたのは増え続ける人口増加であった。敗戦によって日本は朝鮮半島や東南アジアなどの領有地のほとんどすべてを失い、領土は全盛期の1割ほどになっていた。しかも、朝鮮特需などによって景気は回復していたものの、食糧事情は依然として厳しい状況にあった。

 にもかかわらず、新生児の数は上がる一方だった。これは、戦争から復員してきた男性たちが、平和を実感する中でセックスを存分に楽しみ、子作りに励んだからであった。そのため、昭和22年(1947年)から昭和24年(1949年)の3年間は、出産数が年間270万人にも達した。いわゆる「ベビーブーム」と呼ばれる時期である。そうした現状に、霞ヶ関の高級官僚たち、具体的には厚生省(現・厚生労働省)の付属機関である人口問題審議会は「このまま人口が増え続ければ日本は滅びる」とばかりに、人口抑制策を次々に打ち出した。

 当時の新聞を見ると、数々の人口抑制のため、すなわち家族計画のための対策が報じられている。だが、そのほとんどは「家族計画の重要性についての教育の徹底」などといった理屈の上のものばかりで、具体策としては「社会保険による避妊具や薬品の配布および生活困窮者への同無償または廉価配布」が挙げられている程度である。ちなみに、ここでいう「薬品」とは避妊薬のことではなかろうかと思われる。実際には殺精子剤で、すでに昭和23年(1948年)に薬事法が改正され、翌1949年には新薬として全78種の避妊薬が認可。さらに、人工中絶も合法化された。すでにこの頃から、国は人口増加を懸念していたとみても不自然ではない。

 ところが、人口問題審議会が国会に提出した対策の中に、「家族手当と扶養控除の廃止」が含まれていた。当時はまだ大卒の初任給が7,000円から8,000円という時代で、庶民の生活は厳しい状況にあった。ところが、人口問題審議会の偉いさんたちが目をつけたのはそこである。

「ただでさえ貧乏な庶民は、手当や控除がなくなれば子作りをしなくなるだろう」

 何とも乱暴な考え方である以前に、いかにも世間知らずのエリートが考えそうなことである。さらに、これに先立って同年4月には日本家族計画普及会(現・社団法人 日本家族計画協会)が発足。スキンの普及に努めるなどの、実効性ある活動を進めることになった。

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『朝日新聞』昭和29年8月25日より

 だが、そんな上から目線の役人たちの言うことを、庶民が素直に聞くはずはなかった。多くの家庭では配布されたスキンを「要らない」と拒否し、地方議員などですら「選挙民から見放される」と協力を拒否したという。

 それでも、日本家族計画協会は地道に活動を続けた。だが、その結果、1950年代後半から出産数は減少することとなる。そして、いったんは増加するものの、1970年代初期をピークに、深刻な出生数減少という事態になっていく。いわゆる「少子化」の始まりである。
(文=橋本玉泉)

『妹の性癖 はるきの幸せ家族計画』


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