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教科書で教えてはいけない日本の歴史

禁欲なんてムリ!? 「肉食坊主」列伝


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 僧侶というと、性欲とは無縁でひたすら修行にまい進するイメージがあるが、それは江戸時代までの話。明治時代からは僧侶の結婚が認められ、今ではお坊さんも堂々と結婚し、エッチをして、子供を授かっている。中には檀家からいただいた供養料で連日連夜キャバクラに通う、不貞な坊主もいるのだが......。

 だが、昔の僧侶はこんな自由な生活はとてもできなかった。近世以前の仏教は一部の宗派を除いて結婚はおろか、セックスやオナニーまで禁じられていた。だが、坊さんだってひとりのオトコ。大都市に住む僧侶の中には、権力者と密接な関係を結び、愛人とのセックスを謳歌していた不届き者もいる。また「女がダメなら、男でいいじゃん」と、寺の若い男に手を出す僧もいた。
 
 そんな僧侶の中でも、とりわけ性欲盛んな人物たちの、「肉食坊主」エピソードを紹介していこう。

女帝と絡んだ道鏡の「巨根スケベ説」

 奈良時代の僧侶、道鏡は女帝の孝謙上皇に近づき、深く寵愛された。上皇が道鏡を寵愛した理由については、「道鏡のイチモツがとんでもなく大きく、それに魅了されたのでは?」という説が唱えられている。

 上皇は対立していた藤原仲麻呂を滅ぼし、再び称徳天皇として即位するが、道鏡は太政大臣禅師、次いで法王に任ぜられ、朝廷の権力を掌握した。やがて次期天皇候補となるほど道鏡の力は増大したが、頼みの女帝が病死したことで彼は失脚。左遷されて、不遇のうちに世を去った。

 道鏡の巨根説には異説もあるが、近畿地方に生息する、巨大な交接器を持ったオサムシの一種が「ドウキョウオサムシ」と名づけられるほど、伝説は根強く信じられている。


実在の一休さんはとんでもないスケベだった!

 一休さんといえばとんち話で有名だが、実際の一休さんは自由奔放で、スケベな人物だった。ボロボロな衣服をまとい、朱鞘の木刀を差す風変わりな格好で町を歩き回り、正月には杖の頭にドクロをつけて、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いていた。

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子供にはなかなか教えられない(!?)
一休さんの正体

 さらに仏教の戒律では禁じられていた飲酒・肉食を平然とたしなみ、女性関係も派手だったという。水上勉の『風(ふうそん)水宿の禅僧たち』には、「34~35歳ごろ、一休は遊女と攝津桜坂に住み一子を得る」と記され、妻帯厳禁にもかかわらず、妻はおろか子供までいたようだ。また、ある高名な僧侶の法要に、一休は女連れで参列。これには周りの僧侶たちもたいそうご立腹だったようだ。

 そして一休は晩年、盲目の美女・森従者を溺愛して連れ歩いていたが、すでに一休は70歳をとうに過ぎた年齢にもかかわらず、一休が記した『狂雲集』には「彼女の若い身体を得て、シワだらけの枯れ木が再生した」などと書かれており、88歳で死ぬまで性欲盛んだったようだ。


84歳で子供が生まれた蓮如上人

 最後に紹介するのは、浄土真宗の本願寺第八世・蓮如。浄土真宗は他の宗派と違って肉食妻帯が許されており、蓮如の時代には信者数も爆発的に増加していった。

 蓮如上人は布教活動も精力的だったが、子づくりも精力的で、5人の妻との間に27人もの子をもうけている。その精力は老年になっても衰えず、84歳のときに34歳の妻を迎え、子供まで生まれている。彼の子供たちは本願寺教団内の各寺に置かれ、やがて織田信長や上杉謙信をも手こずらせるほどの最強仏門集団の基礎を固めることになった。


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