懐かしのAV女優11選 80年代から00年代まで

 昭和のAVは、異常に大きいモザイクや実際は挿入していない疑似本番など、今のAVに比べると見る側に想像力が必要とされていた。しかし、AVを見始めた頃のAV女優のことが忘れられないという人は少なくないだろう。

 メンズサイゾーでは、昭和から平成にかけてAV情報誌に携わり、当時活躍していたAV女優にナマで接したことのあるライターによる連載を掲載してきた。

 あのAV女優の素顔や当時のAV事情はどうだったのか。本人と当時を知るライターが書いた記事とともに、懐かしのAV女優11人を紹介する。

小林ひとみ

復刻 Sexy Violence 小林ひとみ

 86年AVデビュー。アイドル顔負けの美貌と細身で巨乳というビデオ映えするプロポーションで注目された小林ひとみ。AVが1本15,000円程度する高額商品でレンタルが主流だった時代に、AVを売ることのできる大人気女優だった。AVをサブカルチャーの一種として確立させた功労者とも言われている。

 沢木毅彦、東良美季、そして私、藤木TDCの三人で持ち回りしながら、アリスJAPANからリリースされたAVの復刻、ピンクファイルシリーズのレビューをしてゆくことになりました。どうぞよろしくお願いします。  第1回のお題、小林ひとみ作品に触れる前に、まずはアリスJAPANというレーベルの成立について少し書いておこう。

小沢奈美

復刻 フラッシュバック21 小沢奈美

 89年に単体デビュー。デビューするなり売れっ子となり、マネージャーは「小沢だけはメーカーに営業回りすることなく、向こうから出演オファーがどんどん来てすぐに1年分のスケジュールが満杯になりました」と話していたという。ニックネームの「ポンポコピー」は小沢奈美がタヌキ顔だったために付けられた。

 あれはもう何年前になるのだろう。今はなき月刊のAV専門誌『さくらんぼ通信』(ミリオン出版)において、『月刊小沢奈美』という連載のライターを担当していた。毎月小沢奈美のホットな最新情報を載っけようという見開き2ページか3ページのコーナーだった。カラーページだった。何でこの連載が始まったのか。僕と編集長のO氏が小沢奈美の大ファンだったから。簡単ですな。「じゃあ、奈美ちゃんのニックネームを僕たちで付けてあげようじゃないか」と、編集長と僕はJR中野駅前の居酒屋で打ち合わせと称して飲んでいて、僕が、「ポンポコピー」と、いとも簡単に口走ったと記憶している。タヌキ顔だからね、奈美ちゃんは。

樹まり子

復刻 レ●プ狂い 5 感染 樹まり子

 デビュー時は「青木さえ子」の名前で活動。その後「樹まり子」に改名して活躍した。当時、容姿に恵まれない女優がカテゴライズされていた「淫乱派」とも「美少女」とも違う圧倒的なフェロモンを爆発させて人気AV女優のひとりに。男優・加藤鷹と同棲していた時期もあったという。

 樹まり子というAV女優の存在を知ったのは、1989年の8月。サンフランシスコの安ホテルだった。僕は約2年間専属ディレクターとして勤めた芳友舎(現h.m.p)を辞め、忙しくて使う暇が無く銀行口座に貯まる一方だったギャラを掴み、アメリカを放浪していた。グレイハウンドバスに乗り、ロサンジェルスからソルトレイクシティ、シカゴ、ニューヨーク。そこから飛行機に乗り、カンザスシティ経由で再び西海岸に戻った。

鮎川真理

復刻 フラッシュバック14 鮎川真理

 AV史上稀に見るスーパーアイドルが続出した88年デビュー組で、そのワイルドな美貌で人気を博して91年頃まで活動。メーカー専属にならずに膨大な数のAVに出演した。週刊誌に俳優の高嶋政宏や真木蔵人とのゴシップ記事が出たこともある。

 80年代後半のアリスJAPANにおける最大の看板シリーズが「フラッシュバック」だった。  「フラッシュバック」シリーズは1987年6月に発売になった冴島奈緒編を第一弾に、桑原みゆき、中川えり子、松川ともみ、立原友香、美穂由紀、前原祐子、後藤えり子、松本まりな、庄司みゆきなど錚々たる美少女AV女優を起用し30作が作られた。上記の豪華ラインナップを見ただけでも、どれだけ期待されたシリーズかが分かるだろう。

日向まこ

復刻 舌ったらず 日向まこ

 デビュー作は村西とおる監督による88年の『駅弁大将物語 いじり魔子』。いじり魔子という芸名を本人が嫌がり、日向まこ名義に変えた。高校時代から1人暮らしを始めた苦労人だったという。可愛らしい微乳で、元祖ロリ系AVアイドルとしておじさんたちのロリコン心をくすぐった。

 ウィキペディアってすごい。とうの昔に引退した「日向まこ」も出てきました。1969年12月27日生まれだって。40歳だって。えーっ、日向まこは今40歳なの!? 想像がつかん。  エロ本出版社の老舗と言っていい東京三世社=フロム出版(この秋に消滅。お世話になりました)で僕は大学生時代に『映画の城』という雑誌のピンク映画紹介記事をバイト的に書かせてもらい、ライター生活を始めた。ちょうど30年前のこと。もちろんAVはない。

小室友里

アリスピンクファイル あのピンクファイルで魅せる! 小室友里

 96年に芳友舎(現h.m.p)からAVデビュー。レンタルビデオ時代最後のAVアイドルにして90年代後半を代表するトップAV女優だ。お尻を挑発的に振り、男優に悲鳴を上げさせるほどエキサイティングな騎乗位は、AVファンを狂喜させた。現在はラブヘルスカウンセラー・講演家・ヴォーカリスト・コラムニストなどとして活動している。

 2009年7月、1本の映画が作られた。タイトルは『あんにょん由美香』。05年に急逝したAV女優・林由美香の青春を追う異色のドキュメンタリー作品である。監督の新鋭、松江哲明とは以前から知り合いだったこともあり、東中野にあるミニシアター『ポレポレ東中野』にて、上映後のトークショーに出演してくれないかという依頼を受けた。テーマは「AV女優としての林由美香」。もう公開が始まって1カ月以上、さらに夜8時半スタート、終了10時半というレイトショーにも関わらず、客席はほぼ満席だった。

安藤有里

復刻 スペルマエクスタシー 安藤有里

 「高倉みなみ」の名義でデビューした半年後、93年7月に「安藤有里」として再デビュー。疑似本番のみのAV女優が多かった時代に、人気AV女優であるにも関わらず、本番をしていたという。モデル並みのスタイルを生かし、ストリップにも出演、踊り子としても人気を博した。

 オリジナルは93年8月27日発売。『スペルマエクスタシー まったり印のホワイトソース』(小原秋宣監督)を見ていて最も驚いたのは、安藤有里が本番をしていたことだ。  わずか60分の作品で彼女は4回もベッドシーンを見せているが、2番目のシークエンスの男優・島袋宏との絡みはモザイクの範囲が小さく再編集されているおかげで、ちゃんと結合しているのが分かる。カメラもまたその結合部分にアップで迫り、今日で言うところの"ハメしろ"を見せるフレーミングだ。

若菜瀬奈


 97年にAVデビュー。デビュー作から拘束されてのバイブ責めシーンがあるなど、可憐なルックスとハードなプレイで人気に。AVに出演しようと思ったきっかけは「みんなに見られると綺麗になれるって思って。肌や体型を維持しなくちゃって意識するから」だったという。

 2010年12月18日。いま、どこかの空の下で踊っているのかな? それともお母さんになって、子どもにうんと愛情を注いでいるのかな? 両方であってほしいけど。  この復刻版のパッケージで若菜瀬奈の顔を久しぶりにじっと見てそう思った。いま。愛に飢えているくせに恋愛は下手くそ。へえ。なんか俺とクリソツじゃん。

沢木まりえ

復刻 フラッシュバック30 沢木まりえ

 89年AVデビュー。「ストーリーがないとエッチなシーンを演じることが出来ない」という理由で、出演するAV作品は「すべてドラマ性のあるもの」という姿勢を一貫して崩さなかった。さらに「セックスは演技で見せる」というポリシーを持ち、本番はしなかったという。演技力が高く、『エロティックゴーストストーリー~天空四十八手』(92年製作、日本未公開)という香港映画にも出演している。

 AV女優・沢木まりえ、と今書いて、果たしてどれだけの人が「──ああ」と思い出すのだろう。何しろ彼女は1990年2月、『君のひとみに乾杯』(アリスJAPAN)でデビュー。同年12月リリースのこの作品、『フラッシュバック30』(同)で引退している。出演本数わずか9本。内、5本までがこのアリスJAPAN一社である。けれど逆に言えばたった10カ月の活動期間で、その存在を知らしめた希有な女優であったとも言える。

小沢なつき

アリスピンクファイル あのピンクファイルで魅せる! 小沢なつき 2

 87年に芸能界デビューし『花のあすか組』、『魔法少女ちゅかなぱいぱい』という2本のメジャー製作の連続テレビドラマに主演するも『魔法少女ちゅかなぱいぱい』を途中降板し、芸能界から干される。90年代にヌードグラビアで復帰、再び90年代後半に姿を消していたが、04年に突如AVデビュー。超メジャー級の元アイドルがAV出演するということで、芸能人AVの原点となった。

 小沢なつきといえばアイドル歌手からAVへの転身という側面があまりにも印象的だが、彼女に限らずAVは創成期から、芸能界のアイドルの起用を目指してきた側面がある。  成人向けビデオテープ商品に初めて生撮り(ビデオカメラによる撮影)という方法が導入されたのは1981年5月発売の『ビニ本の女・秘奥覗き』『OLワレメ白書・熟した秘園』(日本ビデオ映像)と言われているが、それから遡ること約8カ月、ポルノ映画の世界ではアイドルとポルノを結びつける衝撃的な出来事が起こっていた。

金沢文子

アリスピンクファイル あのピンクファイルで魅せる! 金沢文子

 96年にグラビアデビュー、翌97年にAVデビュー。芸名の由来は神奈川県にある「金沢文庫」で、98年に発売された「ロマンスの花」では金沢文庫の駅前に学校帰りの金沢文子が降り立つシーンがあるという。98年までは宇宙企画専属のAV女優だったが、99年から他社作品にも出演、03年頃からは本番解禁し、より過激な作品に出演するようになった。

 愛称カナブンこと金沢文子は僕にとって特別なAV女優と言っていいと思います。まず、僕が最も多く出演作の脚本を書いた女優さん、それが金沢文子です。  そして、よりによってそんな女優のAVを今日まで一作も見たことがない。何故なら、彼女は業界用語でいうところの「パブNG」。すなわち雑誌で作品を紹介できない。よって僕たちAVレビューライターにはカナブンAVが回ってこない。「知らない人」で終わってしまう。

広末奈緒

アリスピンクファイル あのピンクファイルで魅せる! 広末奈緒

 99年にAVデビュー、04年に引退。「広末奈緒」という名は広末涼子に似ているからという理由で事務所に付けられたものだったが、本人はインタビューで「私はむしろ深田恭子に似てると思ってるんです」と答えている。AV引退後、池袋のSMクラブで女王様として働いていたこともあったようだ。

 広末奈緒とは、一度だけ電話で話をしたことがある。たぶん2002年くらいのことだったと思う。携帯に見知らぬ番号からの受信があり、取ってみると彼女からだった。「初めまして」も「こんにちは」もなく、突然「広末奈緒です」と言った。だから少なからず驚いた記憶がある。

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