銀座のホステスがトルコ風呂に ~ニッポンの風俗史・戦後編#9~

 

オイルショックと令和のデジャブー


 風俗の歴史は、社会や文化の歴史と常に並走している。太平洋戦争に敗け進駐軍がやって来ると、外国人兵士を相手にするための慰安所やパンパンたちが現れた。朝鮮戦争が勃発すれば、その戦場に出て行く兵士や帰って来る兵士たちを慰労するためのダンスホールやカフェーが賑わった。

 好景気を追い風にトルコ風呂が全国に広まり、売春防止法が施行されれば、赤線街がトルコ風呂街へと変わっていく…。

 20年以上も好景気が続いた戦後ニッポン。東京オリンピック(昭和39年)、大阪万博(昭和45年)、札幌冬季オリンピック(昭和47年)と、続けざまに大規模な国際イベントを開催させるまでに至ったのも、高度経済成長のおかげだった。

 そんな時代がずっと続くと思っていた昭和48年(1973)、経済成長に終りを告げる時がきた。

 その年の初冬、全国のスーパーマーケットからトイレットペーパーが消えた。10月に勃発した第4次中東戦争による原油の供給制限で消費者物価が急上昇。物不足になるという不安が売り渋りや買いだめという社会現象を起こし、急激なインフレとなった。

 それまでは、対岸の戦争で追い風が吹いたニッポン経済が、今度は離れた土地の戦争によって猛烈なインフレ台風に襲われ、それまでの経済成長を完全に止められてしまったのだった。

 筆者は当時小学生だったので、オイルショックのことはぼんやりと記憶に残っているが、子供ながらに「ガソリンが減るとなんでトイレットペーパーがなくなるんだろう?」と、不思議に思ったものだった。しかし、実際にはトイレットペーパーは不足しておらず、原因はいたずらにマスコミが煽ったせいでもあったようだ。

 つい最近、デジャブーのようにトイレットペーパーやマスク不足など同じ現象が起きた。災害や非常事態が起きると、他人は押しのけてでも、自分のために不必要な買いだめに煽られる人々の不安や浅ましさに、うんざりした人も少なくないのではないだろうか。

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