国策で売春婦から街娼になった女たち 〜ニッポンの風俗史・戦後~

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国策で売春婦から街娼になった女たち


 どうにかして風俗の営業をやめさせようとする政府に対し、そうはいかぬと店を続ける業者たち。その理由は、風俗で働く女性の多くは、今日明日を生きるために働いているからだ。

 60年前の映画『赤線地帯』のこの構図は、新型コロナウイルスに喘ぐ今のニッポン社会をそのまま映しているように見えてしまう。

 映画のエンディングは病に伏す家族のため、吉原に売られて来た処女の女性が初めて客引きをするシーンで終わっている。「歴史は繰り返される」とは言うが、映画のワンシーンが、近未来のニッポンの街角の光景とならないよう願いを込めて、戦後ニッポンの風俗史を紐解く。


昭和20年(1945年)

8月15日 終戦
8月18日 警視庁が進駐軍兵士たちのための慰安設備について花柳界代表と協議。内務省は無線電信の秘密通牒で、警視総監及び各警察本部長宛に、進駐軍慰安設備の確保を指示。
8月26日 花柳界代表が「RAA(特殊慰安施設協会)」の設立を決定。資本金は1億円。


 3年9カ月に及んだ太平洋戦争が終結し、それからわずか10日後、街の看板や新聞にある募集広告が掲載された。


「新日本女性に告ぐ、戦後処理の国家緊急施設の一端として進駐軍慰安の大事業に参加する”新日本女性”の率先参加を求む」


 募集内容は、


「女子事務員 年齢18才以上25才まで 宿舎、被服、食料全部当方支給」


 と条件は悪くなかった。

 就職難どころか、多くの国民が生きる希望や術を失っていた最中のこの募集広告は、暗闇の中に見つけた一筋の光より明るかったに違いない。

 

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特別女子従業員募集の広告

 

 しかし、一見、女子事務員の募集のように見える広告だが、応募してきた女性たちの実際の職場は、思いも掛けない場所。そこは日本政府によって作られた「RAA(特殊慰安施設協会)」だった。

 「RAA」とは、敗戦国日本に進駐してくる連合軍兵士のための慰安施設、いわば”売春宿”のこと。一般婦女子が外国人兵士たちから強姦や性暴力を受けないために作られた防波堤の役割ということだった。女性は、応募してきた女性たちの他にも、遊郭などの風俗業に携わっていた女性も多かった。

 応募組の独身女性たちの多くは処女で、愛する男性に捧げるはずだった操を、国策により見ず知らずの外国人兵士に捧げることになってしまった。その悔しさは言い表しがたいものがある。当時、国策売春婦は全国で約5万5000人いたとされる。

 避妊に使用されたコンドームは政府支給の『突撃一番』で、これは旧日本軍で配給されていたものと同じ銘柄だ。また、進駐軍女性兵士のために日本人男性が働く慰安所もあった。

 

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横須賀の安浦にあったRAA。連合国軍兵士たちが押し寄せた

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