元恋人の遺体発見現場をカメラに捉えた男の苦悩…急逝した林由美香に贈るラブレター『監督失格』

平野勝之監督と仕事仲間かつ恋人であった女優・林由美香の物語。いよいよ公開!! (C)「監督失格」製作委員会

 果てのない深海を彷徨うように、どこにあるのかも分からない光を見つけるためにもがき続ける……。

 90年代にバイオレンスに満ちたAVを連発して”鬼畜AV監督”の異名をとった平野勝之。彼の11年ぶりとなる新作映画『監督失格』は、見る者を容赦なく打ちのめし、根こそぎ言葉を奪ってしまうような重量級のドキュメンタリーである。そこには元恋人であり、2005年に34歳で夭折したAV女優・林由美香の死と決着をつけるために苦悩する平野自身の姿が生々しく刻印されている。なぜ平野は自分のはらわたをえぐるかのごとく凄惨な衝撃作を世に問うたのか?

平野勝之監督にとっては実に11年ぶりとなる新作映画

──1997年の『由美香』から『流れ者図鑑』(98年)『白 THE WHITE』(99年)と”自転車三部作”を連作後、今回の『監督失格』まで11年も映画を撮らなかったのはどうしてですか?

「撮る対象が見つからなかったというのもありますが、より自転車に夢中になっていたのもひとつあったかもしれない。ただ漠然と映画を撮りたいなって気持ちはありました。実際、4作目の構想もあったんですよ。『監督失格』にも出てくる俺の二番弟子の苅谷文って女性がいて、彼女が俺を追っかけるために北海道に自転車で来た素材が膨大にあったので、それを4作目にしようと考えていたんです。でも一緒にやろうって乗ってくれる人がいなかったので頓挫しました」

──『監督失格』を作るまでには、どういう経緯があったんですか?

「由美香が亡くなって、本編で語られている通り、あまりにもでき過ぎた”偶然のテープ”というのがあって、それが気持ちの中で引っかかっていたんです。これは映画にすべきじゃないと思っていたし、たとえ映画を作るにしても非常にデリケートな素材なので、おいそれと使う訳にはいかないと。もちろん亡くなった直後は、とてもそういう気持ちになれないという状態が続いてました。ただボンヤリと、10年後や20年後にいろんなことが解決したら、由美香が生まれてから死ぬまでの記録を集めて、大作で一代記を作ろうと当時から思っていました」

──それが、どういう心境の変化で『監督失格』を撮ろうと思ったんですか?

「今回、企画・製作を務めてくれた甘木モリオさんとは、昔から一緒に映画をやろうってことで、いろんな話をしていたんです。それで甘木さんが『由美香の話だったらやりたい』と言ってて。しばらく考えたんですけど、10年後20年後という気持ちはいったん思い直して、とりあえず由美香のことが引っかかったままなのであれば今やってしまおうと。まずは上げちゃうのが先決だと思ったんですね。どうなるか分からないけど覚悟を決めて撮ろうと、『じゃあ甘木さんお願いします』といった流れでスタートしたんです」

──先ほど触れられた”偶然のテープ”には、たまたま由美香さんの遺体を発見して右往左往する由美香ママ、平野監督、撮影助手のペヤングマキさんの3人の姿が映し出されています。それは故意に撮影したのではなく、たまたま持参して床に放置してあったカメラによって収められた映像ですが、その”偶然のテープ”の存在で由美香ママと揉めたというエピソードが本編に出てきます。

「どうしてカメラが現場にあったんだって、いろいろ疑われたんですよ。娘が亡くなって精神状態も良くなかった時期だったので、疑心暗鬼になっていたんでしょうね。あまりにもママの勢いがスゴかったので、けっこう俺も怖かったんですよ。それで勝手に映像を使うなんてありえないんだけど、すったもんだの後に弁護士さんが間に入って念書を取り交わして、映像を封印するということでママの目の前でバーンと判を押して提出したんです。そしたら判を押したことで信用したのが、ママの気持ちがスーッと収まったんですよ。それからは特に揉めることもなく、逆に月イチぐらいのペースでママから相談の電話がかかってくるようになって。そういう関係になっても俺は件の映像を使うなんて考えたこともなかったんだけど、ママの方から『あれ、どうなったんだよ? 別に使ってもいいんだよ』ってことを言い出したんです。そんな折に『監督失格』の話が持ち上がって、やるとしたら”偶然のテープ”は扱わなければならないと思ったので、改めてママと話し合ったんです」

──『監督失格』の前半部は『由美香』の素材を再編集した映像で占められていますが、いつ頃からそういう構成を考えていたんですか?

「最初の段階ですね。由美香を描くには『由美香』の素材をイチから探っていってやるしかないよねと、甘木さんと話し合ったんです。ただ亡くなった元恋人の映像をイチから見直す訳だから精神的にキツかったですね」

──『由美香』の素材はどれぐらいあったんですか?

「約60時間です。ただ、あるシークエンスがあって、つないでいると昔と同じになっちゃうんですよ。当時も、ここがベストだってことで編集していたから当然ですよね。だから一度完成した映画を、もう一度作るって作業的なキツさもありました」

──後半部はどのように撮影を進めていったんですか?

「『由美香』の素材を、ある程度まで編集し終えて、まずはママのインタビューから撮って、あとは由美香と俺のことを知る周囲の人たちに話を聞きました。ただ実際に撮っていくうちに俺自身がおかしくなってしまって、いきなりカメラを取り出して回すぞみたいな(笑)。その一部は特報なんかにも入ってますけどね。簡単に言ってしまうと、どういう風に終わらせていいのか全く分からない状態で始めていたんですよ。それで素材を繋いで見えたモノ、あるいはカメラを回して得た情報から新たに撮影していくって感じでしたね」

──プロデューサーの庵野秀明さんからアドバイスはあったんですか?

「方向性のアドバイスはありました。当初は母と娘の話ってことをずっと考えていて、それを描き出すのが自分の役割だと思っていたんです。そういうカタチで由美香の寝顔をラストシーンに選んだら、庵野さん的には『平野さんの結末が見たい』と。『平野さんなりの決着を今ある素材でもできるんじゃないか』と言われました。そういうアドバイスを受けて、新たなラストを模索したんです」

──そもそも母と娘の物語にしようと思った理由は何ですか?

「亡くなった由美香を描く時に中心になるのは、どうしてもママしかいないなって。ママを描けば鏡のように由美香を描くことになるのかなって思ったんです」

──キャストを絞ったのも、母と娘をより浮き立たせるためですか?

「そうですね。もっと話を広げることも考えたし、そういう素材も撮ったんです。例えば最後に由美香と付き合っていた男性とかね。そういう素材はあるんだけど、話を広げ過ぎると収拾つかなくなるので、あえて引き算みたいな意識で編集しました」

──主題歌の「しあわせなバカタレ」が印象的で、過剰なセンチメンタルに陥ることなく、そっと作品に彩りを添えます。どういう経緯で矢野顕子さんを起用したんですか?

「編集が終わる直前ぐらいに『これは音楽いるよね』って話を甘木さんとしていて、他にも候補はいたんですけど、ポンと俺の頭の中に浮かんできたのが矢野さんだったんです。17歳の時から聴いていて、日本の女性のミュージシャンで唯一と言っていいほど好きだったんですよね。矢野さんだったら、この映画を見たお客さんが感じるであろう感情を、詞の力で簡潔にあぶり出してくれるんじゃないかという期待もありました。もう限界というような終わり方をしているので後は頼むと(笑)」

──『監督失格』を撮り終えて気持ちに変化はありましたか?

「気になっていたことは全て仕上げたかなと。『監督失格』を完成させて公開することで、自分の役割は終えたんじゃないかという気持ちがありますね」

(取材・文=猪口貴裕/写真=辰巳千恵)

9/3(土)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズにて独占先行ロードショー
10/1(土)より、全国拡大ロードショー

監督/平野勝之
出演/林由美香・小栗冨美代(由美香ママ)・カンパニー松尾
プロデュース/庵野秀明
音楽/矢野顕子 主題歌「しあわせなバカタレ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)

配給/東宝映像事業部
製作/カラー、コイノボリピクチャーズ
宣伝/轟木一騎、ミラクルヴォイス

(C)「監督失格」製作委員会
COLOR/1.85:1/111min./STEREO/映倫区分
公式サイト http://k-shikkaku.com

『女優 林由美香』著:直井卓俊・林田義行・柳下毅一郎

 
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