新作映画の題材に「SM」を選んだダウンタウン・松本人志の「変貌」と「覚悟」

matumoto0220.jpg※イメージ画像:『マンスリーよしもとPLUS 2011年7月号』
ワニブックス

 かねてより報道されていた松本人志の新作映画について、20日発売の東スポがその全容を報じている。記事によると、松本の新作映画は来月中にもクランクアップし、今夏には公開予定だという。作品のテーマはSMで、主演男優のM男役に大森南朋(41)、SMの女王様役に大地真央(57)、片桐はいり(50)、寺島しのぶ(40)、佐藤江梨子(31)、冨永愛(30)、渡辺直美(25)というジャンルを超えた豪華な顔ぶれとなっている。気になるタイトルは、その過激な内容からつくと思われる映倫のR指定を見越して『R100』だという。

 この一報は早くもネット上を駆け回り、ネットユーザーたちの間で話題になっている様子。これまでの作品がそうであったようにすでに賛否両論が巻き起こっていて、「どうせつまらない」や「SMっていう感じがすでにドヤ顔w」という声の一方で「正直楽しみ」「期待できる」「配役がいい」といったコメントもある。しかし中には、ビートたけし(66)と比較して、「もう諦めろ」や「芸人には無理」という意見も多く見受けられた。

 ことあるごとに比較されるビートたけしと松本人志。ネット上でもそれは変わらないようで、たとえば先日配信されたネットニュースでは「ビートたけしと松本人志、より『天才』という言葉が似合うのはどちらか」という話題が注目されていた。リサーチパネルが3万3,995人を対象に調べたという同調査では、ビートたけしが51.5%、松本人志が11.4%、どちらにも似合わないが37.2%となり、圧倒的な差でたけしが天才という結果だった。どちらが天才かなどということに言及するつもりはないが、明らかなのは、二人ともお笑いという分野で上り詰め、自分の表現したいことを好きなように表現できる立場になっているということだ。

 しかし、お笑い芸人として上り詰めたたけしの撮った映画が、お笑いの延長にあるかというと一概にそうとは言えない。そしてそのたけしのお笑いからの脱却こそが、たけしが映画監督として大成した理由なのではないか。つまり、ビートたけしから北野武への変身がもっとも大変で重要なプロセスなのではないか。だからたけしは、その体験を元に、松本との対談で「最低でも10本は撮り続けなきゃ」と言ったに違いない。それだけ撮らなければ、“ダウンタウンの松本”は拭い去れないことをたけしは知っているのだろう。

 思えば、1990年代に自分のことをドM、相方の浜田雅功(49)をドSと言い、当時まだ一般的ではなかったSかMかという考え方を世の中に浸透させたのは松本だった。そんなことを踏まえると、「SM」とボケとツッコミによって成り立つ「お笑い」というのは、どこか根本的につながっているのかもしれない。そして新作でもSMをテーマにした松本は、まだまだ“ダウンタウンの松本”から抜け出せていないのではないだろうか。

 とはいえ、今回の新作で松本が起用したのは大森や寺島といった実力と個性のある俳優ばかり。ご存知の通り、これまでの彼の映画では、『さや侍』(松竹)の野見隆明や自身が主演している。この配役の転換は、松本の映画監督としての覚悟とは言えないだろうか。昨年4月の毎日新聞のインタビューで、松本はこれまで作ってきた3本の映画を振り返って「もっと自由でよかった」「壊しきれていない」「(自分の立場を考えれば)好き勝手やらないとバチが当たる」と語っていた。見る側にとってみればこれまでの作品も松本ワールド全開だったような気がするが、彼にとっては、まだまだ殻が破れていなかったということなのだろう。そしてその殻を破るのに必要だったのが、一流の俳優だったのではないだろうか。

 自分のことを天才と言ってはばからない松本とすれば、自らが見出した野見や自分自身ではなく、役者としての世界を確立している俳優を演出するのは、自分の思い描いた作品世界が予想を裏切って変化することもあり、きっと骨の折れる作業に違いない。そしてそれは今までのテレビコントや過去3作の映画とはまったく違う環境といえる。その道を自ら進んで選んだ松本には、これまで以上の強い覚悟が感じられる。今作は、「ダウンタウンの松本」から「映画監督・松本人志」へ変貌を遂げるための第一歩となるのかもしれない。
(文=峯尾/http://mineoneo.exblog.jp/
著書『松本人志は夏目漱石である!』(宝島社新書)

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