戦前最大・最強のエロ本は「警察資料」だった!

※画像:「出版警察報」

 戦前の日本における出版物や表現に対する規制の厳しさは、現在では想像を絶するほどであった。新聞や雑誌はもちろん、広告やポスターに至るまで、警察が現在では憲法で禁じられている検閲制度によって隅々まで眼を光らせて、「これはケシカラン」と判断したものはガンガン取り締まり、発行禁止すなわち「発禁」という処分によって世間一般に流通する事をシャットアウトしていたのである。

 だが、そうしたケシカラン印刷物の内容をダイジェストにまとめた資料がある。それこそが、後に『戦前最大・最強のエロ本』と呼ばれるようになる、『出版警察報』である。

 この『出版警察報』第1号は、昭和3年10月、当時の内務省警保局から発行された。以後、第80号まで毎月1回発行され続けた。その内容は2部構成で、前半が「安寧」と呼ばれる政治的な印刷物についてのもの、そして後半が「風俗」と題されたアダルト関係であった。

 その「風俗」部門を見ると、これがあらゆるセックス関連の記事や単行本、さらに広告や美術品に至るまで、実に幅広く網羅されている。その内容は、娯楽性の高いいわゆる「エロ本」も多いものの、けっしてそれだけで語りつくせるものではない。

※画像:「出版警察報」
※画像:「出版警察報」
※画像:「出版警察報」
※画像:「出版警察報」

 たとえば、一見すると通俗的なエロと思われるようで、実は芸術的な価値の高い資料であったり、反対に学術的な文献と見せかけて、実際には娯楽的なエロ内容だったりするというように、とてもバラエティに富んでいる。先達がいかに性について表現しようとしていたかを、さまざまな角度から推察できる資料が満載なのだ。

 そして、掲載されたもの、つまり禁止された出版物のなかには、医学的な文献や記述、さらに文学作品などが少なくない。たとえば、現在でも性に関する専門書として高く評価されている、ヴァン・デ・ヴェルデ博士の『完全なる夫婦』や、フランスの作家エミール・ゾラの名作『居酒屋』までも発禁処分を受けていることから、いかに当時の警察が「エロ」に対する神経をとがらせていたかがよくわかる。

※画像:「出版警察報」に記載された禁止出版物の目録

 そうした「いかなるエロも見逃さず」といった作業によって集められたものが『出版警察報』だったわけであるから、同書が当局も認める「エロの集大成」であるのも、道理にかなった話である。

 そのうち、こうした発禁処分を逆手に取る業者も出現した。つまり、わざと発禁処分を受けるような出版物をダミー的に発行し、その通りに処分されると、それを材料にして自社の出版物「当社の本がまたも発禁に」と宣伝するといった具合にである。

※画像:「出版警察報」 に記載された禁止出版物の例
※画像:「出版警察報」 に記載された禁止出版物の例

 ちなみに、こうした当局の取り締まりに対して、有識者からの批判は数多い。そのなかで鮮烈なのは、評論家で作家の埴谷雄高がいわゆる「サド裁判」で弁護側証人として法廷に立った時のことである。埴谷は検察側が指摘するサド作・澁澤龍彦訳の『悪徳の栄え』のわいせつ箇所について、「もしこの問題の箇所を拾い読みして密かにわいせつ感を味わう青年がいたとしましたら、将来、有能な検察官になれるでしょう」と皮肉たっぷりに供述し、裁判官から注意されたことがある。反骨の作家らしい、何とも痛快なエピソードである。
(文=橋本玉泉)

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