女教師のアルバイト事情今昔

※イメージ画像:『女教師・美咲―わたしの教科書』
著:真島 雄二/マドンナメイト文庫

 風俗系の三行広告などを見ると、いわゆる「職業系」というジャンルのものがいくつも見つかる。ナースや女医、OL、客室乗務員(CA)、デパートガールなどであるが、その中でも定番のひとつが女性教師である。女性教師というイメージは官能小説などにも取り上げられることが多く、とくに人気のあるジャンルであることは確かなようだ。

 さて、昭和5年(1930)年12月11日付の「大阪毎日新聞」を見ると、現職の女性教師がカフェーの女給として働いていたことが発覚。学校をクビになるという事件が起きている。

 記事によれば、事件の現場は京都市。祇園にある「カフェー太平楽」で「よし子」の名で働いていた女給が、実は私立京都S女子学院家事科に在籍する30歳の女性教師であったことが判明した。

 当時の「カフェー」とは現在のバーやスナックに近いもので、酒を提供する店である。そして、従業員は女給と呼ばれる白いエプロン姿の女性が特徴だ。その営業内容はさまざまで、現在のクラブやスナックのように単に女性相手に酒を飲むだけの店もあれば、女給が客の誘いに応じて別室で性的サービスにまで応じる店もあった。そのため、女給というと現在でいう風俗嬢のように考える風潮も一部にあったようである。

 この30歳女性教師がどの程度のサービスをしていたかは不明だ。だが、世間はそうは見なかった。「女子校の教師が女給とは何事か!」と非難の声が上がったことは想像に難くない。今ならおそらく、女子校の女教師がキャバクラ嬢をしていたか、もしくはピンサロやデリヘルで働いていたという程度のインパクトがあったのだろう。

 これに慌てたのが勤務先のS女子学院で、即刻この30歳女性教師を解雇したと報道されている。記事では、女性教師が女給として働き始めたのが12月初め頃からで、クビになったのが12月9日であるから、勤務そのものは1週間程度だったと思われる。勤務の理由は「収入の不足を補うため」だったらしいが、結果として本職まで失ってしまったというわけである。

 ちなみに、昭和5年頃といえば、世界恐慌による大不況で日本全体があえいでいる最中であり、この女性教師の気持ちも分からないでもない。また当時は「エロ・グロ・ナンセンス」が流行し、カフェーでもアダルトサービスが加速した時期でもある。

 さて、現在よく見かける「現職の女教師がサービス」といった広告は、まず筆者の経験からすればあまり信用できない。たいていは「元教師」とか「カルチャースクールの非常勤講師」、または「教員免許をもっているだけのバツイチ女性」というケースばかりであった。

 また、実際の教職にある先生たちに「アルバイトは可能ですか」と聞いてみたことがあるが、ほぼ全員が口をそろえて「無理。不可能です」と答えた。現在、公立学校の教職では授業以外にも事務作業が多く極めて多忙である。計画書や報告書などの作成だけでも間に合わず、休日を返上するケースも珍しくないという。

 ただし、「私立学校の先生の事情はわかりません。また、公立学校の教師でも、土日だけだったら(アルバイトは)可能かもしれません」(40代・都内の中学教師)というから、現役女教師の風俗嬢というのも、まったく可能性のない話というわけでもないらしいが。

 なお、実際に女教師がアルバイトをしていたケースはある。2004年3月、三重県桑名市の36歳の私立中学女性教師が、病気での休職中に四日市市内のスナックで週に3回程度、夜の9時から深夜0時まで勤務していたことが発覚した。女性教師は県教育委員会に「知り合いの店長に頼まれてやむを得ず勤めた。生活費の足しにもしたかった」と話した。県教委は女性教師を停職6ヶ月の処分にした。発覚のきっかけは、匿名の通報だったという。酒でうっかり口でも滑らせてしまったのだろうか。
(文=橋本玉泉)

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