信心と経済のはざまで!? ネパール・神の少女たちの暮らしとは

*イメージ画像:
『旅行人 2007年春号カトマンズの春~平和が訪れたネパールの首都へ』
著:田中雅子/平尾和雄/蔵前仁一

 ネパールで「生き神」として崇められる少女、クマリ。ネパールでは彼女たちが、病気を治療したり、願望を叶えてくれると信じられており、国内のヒンドゥー教徒の尊敬を集めている。反面、不吉なことを予言する者としての性質も請け負っていて、クマリの少女がわめけば深刻な病や死が、供物をつまめば富の喪失が起こるともいわれており、畏怖の対象ともなっている。

 クマリには「王室クマリ」と「地域クマリ」の2種類があり、前者は国と王室の守り神としてひとりだけが、後者は各地域の守り神として複数人が存在する。国を挙げての祭礼にも姿をあらわす王室クマリの少女は、そのときどきのネパールのシンボルともなってきた。

 悪政で知られたギャネンドラ国王への反感が高まった2008年、ネパール共産党毛沢東主義派などの左派勢力の台頭にしたがって王政は廃止されたが、王室クマリ自体は存続している。

 さて、そのクマリだが、ネワール族のサキャ階層(カースト制度の中で、僧侶の職を担う階層)の健康な少女のうち、32の条件をクリアーしている者の中から選ばれる仕組みとなっている。その条件には「黒髪」、「黒い目」、「牛のようなまつ毛」、「すべての歯が欠けていない」などがあり、現地の風俗において美しいとされる少女がクマリに選出されているようだ。実際に、クマリの少女の写真は、どれも可憐に見える。

 一風変わったこの風習、今から2300年ほど前に、インドの地で始まったと言われる処女崇拝の文化が、6世紀ごろにネパールにも根付き、13世紀までに今の形の「クマリ信仰」になったといわれている。

 また、南アジア周辺の信仰には、ものごころがつくかつかないかくらいの時期の多数の子どもの中から、条件にあう「霊的な存在」の者を見つけ出す、というものが多い。チベットにおけるダライ・ラマ、パンチェン・ラマの選出の手続きもそのようなものであり(ただしこちらは男性に限られている)、インドの一部では、クマリに似た風習が続いているところもある。

 クマリは、初潮を迎えた時点で「神様卒業」となり、次のクマリが選出される決まりとなっている。これは、ネパールの土着信仰が、「無垢」というものに特異な価値を見出しているからだろうと考えられる。無垢性がどの時点で失われるのかというのは、しばしば議論になることだが、初潮が、外見に最もわかりやすい出来事のひとつであることは確かだ。

 そんなクマリたちに支給される国からの手当金が、このほど25%増額され、7,500ルピーになった。これは日本円に直して9,000円程度であり、日本の「子ども手当」よりやや安い程度だが、物価の安いネパールにおいては大金である(ネパール人の平均的な月収は、地方によって3,000円から 6,000円)。

 今回の賃上げについては、クマリの呪術的能力が高まったなどの理由ではなく、国内で進んでいるインフレを計算してのものだという。

 一般市民の月給の倍近くの「生き神手当」が支給されていることになったクマリたちだが、その聖職を務めた女性は、退任後も、約1万3千円が恩給として支給される。一族の中からクマリが選出されれば、本人を含め、しばらくその家族の生活は安泰というわけだ。
一方で今年4月には、日本に暮らすネパール人男性が、祖国に暮らす子ども4人分の子ども手当を申請し、認められたというニュースも流れた。うがった言い方をすれば、日本に出稼ぎに来ている労働者の子息はすべて「生き神」だ、ということもできるのかもしれない。

 ちなみに今月3日、ネパールのクマリのひとり、チャニラ・バジュラチャルヤさん(15)が、規則上学校に通えないクマリの身分としては初めて、高卒認定にあたる試験を突破したことが報じられた。独学ながらもトップクラスの成績だったという彼女は、「商学か会計学を学んで、将来は銀行業界で働きたい」と話しているとのこと。山奥の国で昔ながらの風習を守り続ける可憐な「神の少女」たちにも、そのくらいの計算高さが必要な時代となったようである。

『少女』 監督:奥田瑛二

 
少女の持つ神秘性も国によって違う


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