きっと伝説になると思うんだ

マンガ界の奇才が太宰に挑む 『人間失格 壊』

『魔女の騎士ヘクセン・リッター』秋田書店

 太宰治生誕100周年であった昨年、根岸吉太郎監督がモントリオール世界映画祭最優秀脚本賞を受賞した『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』や、芥川賞作家・川上未映子が『キネマ旬報』(キネマ旬報社)の09年新人女優賞に輝いた『パンドラの匣』といった映画が相次いで封切られた。漫画業界においても、太宰の人生を丹念に描く『ンダスゲマイネ。』(楠木あると/講談社)や、現代を舞台に同名の小説をリイシューした『人間失格』(古屋兎丸/新潮社)の連載が開始されている。

 そして迎えた本年、「チャンピオンRED(以下「RED」)」3月号(秋田書店)にて、「太宰治生誕101周年記念作品」として、原案・太宰治、漫画・二ノ瀬泰徳の『人間失格 壊』が、4月号(2月19日発売)より連載されるという予告がなされた。

 この新連載予告カットには「文豪×奇才、衝撃の新連載」というアオリ文がつけられていたのだが、『人間失格 壊』のコミカライズを担当する二ノ瀬泰徳は、まさに奇才と呼ぶに相応しい異能の漫画家だ。

 二ノ瀬泰徳が注目を集めたのは、シリーズ連載を集めた単行本『魔女の騎士』の発売記念インタビューが『RED』08年1月号に掲載されたことがきっかけ。同作は、200年生きている伝説の魔女によって、女装の騎士に仕立て上げられた少年が主人公の物語。二ノ瀬はこのインタビューで「なんで魔女が好きなんですか?」「主人公を女装少年にしたのは?」といった質問に、「僕は、現実の女性が嫌いなんですよ…。(中略)僕にとっては、『魔女』というのは非現実的な女性の象徴であり、理想像なんです」「男は極力描きたくないんですが、女性にはどうしても感情移入できないんです…」などと、そこまで誠実に答えなくても──と読者が驚くほどの赤裸々な回答を寄せた。さらに、作中に頻出する触手に関して「好きとかそういうレベルではないですね…触手に関する妄想は、5歳の頃からずっとしてました。他の事はともかく触手に関してだけはゆずれません」と言い切っている。

 そんな、「恥の多い生涯」ならぬ「触手の多い生涯」を送ってきた奇才に、インタビューすることに成功した。

 
──新連載おめでとうございます。本作はタイトルに「壊」とつけられています。古屋兎丸氏が連載中の『人間失格』も現代が舞台となっていますが、本作も大幅なアレンジが加えられていると考えてよいのでしょうか?

二ノ瀬泰徳(以下、「二ノ瀬」) アレンジというか、ほぼ原型を留めていませんね。主人公の名前以外は全部違うと思ってもらっていいレベルです。「壊」というサブタイトルには、文字通り「壊す」という意味の他に「改める」「怪しい」という意味も込めてます。太宰治先生も、まさか生誕101周年に、こんな触手漫画家に漫画化されるとは思ってなかったでしょうね……ごめんなさい。

──もともと、太宰治の小説がお好きだったのですか?

二ノ瀬 実は『人間失格』も読んだことがありませんでした……。教科書に載っているような作品だけに、自分には縁のない作品だと思っていました。そんな作品を、まさか自分が漫画化するとは……。

──では、この連載に際して原作を読まれて、どのような感想を抱かれましたか?

二ノ瀬 もっと敷居が高い、固い作品かと思っていましたが、現代にも通じる、ごく当たり前の世界を描いた話だと思いました。「恥の多い生涯を送って来ました」なんて、自分のことかと思ったくらいです。

──なるほど。原作の主人公である大庭葉蔵も漫画家を職業にしていますし、どこかシンパシーを抱く要素があったのでしょうか。

二ノ瀬 不器用なことですかね……。好きな作品を好きなように描こうとすると、大体編集さんに怒られるところとか。それともうひとつ、人間が怖い、というのは僕と同じですね。葉蔵の気持ちが、分かり過ぎるくらい分かるんで、苦しくなるくらいでした。一方で、こんな人間とは友達になりたくないなとも思いました。

──反対に、葉蔵との最も大きな相違点はどのような部分だとお考えですか?

二ノ瀬 他人に「5円貸してくれ」とか言われて、すぐ貸すようなことは僕にはないです。何か頼まれたら大体断ります。

──葉蔵は酒やモルヒネに溺れてしまいますが、二ノ瀬さんは気分が落ち込んでしまった際に、必ずしてしまうような習慣はありますか?

二ノ瀬 僕は趣味とかまったくない人間ですので、いいことも悪いことも全部作品の中に封じ込めます。自分にとっては、外の世界より作品の中の世界の方が「リアル」なんですよ。

──4月号の発売翌日に映画『人間失格』の公開が始まりますが、何か意識するところはありますか?

二ノ瀬 偶然でしょうけど、僕の連載開始に合わせてくれたみたいで、ちょっと嬉しかったです。

──最後に、読者に向けて、新連載の意気込みをお聞かせください。

二ノ瀬 原作ファンの方には賛否両論あるかと思いますが、僕には『人間失格』という作品はこう見えた、という思いを詰め込んで描いています。ぜひ作品を最後まで読んでいただければと思います。

──ありがとうございました。

 
 『RED』の誇る奇才が放つ衝撃の新連載。コアな漫画好きや太宰ファンのみならず、多くの読者の目に留まることを願いたい。
(文=下原直春)

 
■二ノ瀬泰徳
3月21日生まれ。2006年に『チャンピオンRED』コミックオーディション準入選受賞作『魔女の騎士』でデビュー。同作はシリーズ連載となり単行本化され、その後5本の読み切りを発表。2月19日発売の『RED』4月号より、初の月刊連載となる『人間失格 壊』(原案・太宰治)を連載開始。

『魔女の騎士ヘクセン・リッター』(秋田書店)

 
触手への愛情と情熱が伝わってきます


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