セックス体験談|ライブのあと、広島の夜、彼氏のいる女と…#2

「何してたの?」

「あ、AV見てました」

「本当に見てたんだ」

 

 小夏さんが笑ったのでほっとする。僕は携帯を自分のカバンにしまった。

 僕もシャワーを浴びて、浴室から出た。部屋に戻ると、小夏さんは部屋に置いてあったパジャマを着ていた。そしてすっぴんだった。

 

「すっぴんですね」

「恥ずかしい」

「すっぴんも可愛いですよ」

「ほんと?」

「本当ですよ」

「嬉しい…」

 

 さっきまで真知子さんに会いたがっていたのに、僕の本能はもう小夏さんを抱きたがっている。自分の感情がよくわからなくなってくる。

 

「そしたら、もう夜も遅いし寝ますか」

「そうだね」

 

 ベッドの部屋に移動する。だが、小夏さんはソファから立ち上がらない。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

 座っている小夏さんの表情を見て、嫌な予感がした。

 

「えっと…」

「小夏さん、ベッドどうぞ」

 

 その予感を振り払うように、小夏さんの声にかぶせて言った。

 

「あ、ありがとう」

 

 小夏さんがソファから立ち上がる。

 

「でも、隔たりくんは…」

「僕は大丈夫です」

 

 諦めのような顔で小夏さんはベッドに入った。それを確認し、僕は一度ソファで寝るふりをする。

 

「小夏さん」

 

 そして、ソファから小夏さんに話しかける。本能に忠実に。

 

「ソファで寝ようと思ったんですけどやっぱり寂しいんで、ベッドに入ってもいいですか?」

 

 「寂しい」という言葉を使ったのは、真知子さんとのラインで思いついたアイディアだった。「寂しい」と言われると、どうしても人はその寂しさを埋めてあげたくなってしまうような気がする。実際に僕もそうだった。寂しいと言う人を見捨てるには、なかなか勇気がいる。

 

「…いいよ」

 

 小夏さんの声は震えていた。その声は、決して心から一緒に寝ることを許している感じはなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 布団をめくり、小夏さんの横に寝た。小夏さんは僕に背を向けた。その背を見ながら、心の中で「ごめんなさい」と呟く。

 もうここまで来たら引き返せない。目の前にセックスできるかもしれないチャンスがあるのなら、ましてやその女性を可愛いと思っているのなら、手を出さなければ絶対に後悔してしまう。

「電気消すね」

「うん」

 

 電気を消すと部屋は真っ暗になった。だが、隣から小夏さんの体温がちゃんと伝わる。

 男女がラブホテルのベッドの中にいる。状態は整った。あとは触れるだけ…。

 ゆっくりとした動きで、驚かさないように後ろから抱きしめた。

 

「えっ」

 

 小夏さんが驚いたので、一度離れる。僕は手を小夏さんの背に添えた。

 

「ごめんなさい」

 

 小夏さんと話してからずっと。

 

「小夏さんを」

 

 ずっとしたかった。

 

「抱きしめたいです」

 

 セックスがしたかった。

 

「私…彼氏いるの」

 

 背中に触れていた手が自然に離れる。熱くなっていた体が離れる手のスピードに合わせるように、急に冷めていった。

 

「そっか」

 

 もうどんな言葉をかけても彼女の気持ちは揺るがないということが、背中から伝わってくる。

 

「ごめんね」

 

 嫌な予感がしていたから、諦めるのは簡単だった。

 

「そしたら寝ようか」

 

 会ったときからずっと、小夏さんとセックスをしてみたかった。でも、いつだって自分の欲望よりも、女性に良く思われたいという気持ちの方が優ってしまう。手を出そうとした時点ですでに良く思われてないということを分かりながらも、優しい自分でありたいと願ってしまう。

 

「うん。おやすみなさい」

 

 小夏さんはそう言うと、体を丸ませた。背中から「拒絶」が伝わってくる。僕は全てを諦めて、天井を向いた。

 ああ、真知子さんが今日、広島にいたらな。そしたら、こんな思いをしなくて済んだのかもしれないのに。

 そんなことを思いながら、僕は眠りについた。

 目が覚めたとき、横はもう抜け殻になっていた。

 目をこすりながらベッドから出る。机の上に紙が置いてあるのを見つけた。

 

「おはよう。今日は仕事があるので始発で帰ります」

 

 紙にはただそれだけが記されていた。「ありがとう」や「お気をつけて」などといった、気遣いの言葉はまったくなかった。ただ、小夏さんが帰ったという事実だけがそこに記されていた。

 見知らぬ街の見知らぬラブホテルにひとり取り残されてしまう自分。セックスをする場所なのに、キスすらしていない。そして、チェックアウトまでまだ時間はたくさん残っている。

 何気なくテレビをつけた。女性の喘ぎ声が部屋に響き渡る。そういえば昨日、AVのチャンネルのままテレビを消したんだった。

 テレビの中で制服姿の女の子と髭の生えたおじさんがセックスをしている。羨ましい。セックスをしていて、すごく羨ましい。

 気づけばズボンを脱ぎ、モノをシゴいていた。あっという間に射精した。

 チャンネルを変えた。違うAVが映し出された。僕はまた自慰を始めた。あっという間に射精した。

 寂しかった。ひとり取り残されて、ものすごく寂しかった。その現実に向き合いたくなくて、徹底的に醜くなりたかった。だから、画質の悪いAVで何度も自慰をした。今だけはかわいそうな存在になりたかった。そうじゃないと、わざわざ広島に来たのに小夏さんを抱けず、ラブホテルでひとり過ごしている自分を受け入れることができなかった。かわいそうな人間であることが、いまの自分を癒す唯一の方法だった。

 飽きるまで自慰をしきって、僕はラブホテルを出た。快晴なのが腹立たしかった。コンビニでビールを買ってその場で飲んだ。ものすごく美味しい味がした。

 帰るか。

 そう思い携帯を開くと、ラインが来ていた。小夏さんからではなかった。真知子さんだった。

 

「うん、会えるよ。仕事終わりになっちゃうけど。隔たりくんが大丈夫なら、会いたい」

 

 体の中に残る、昨日のライブの興奮。誰かとひとつになりたいという欲求。小夏さんに触れられなかった寂しさ。

 これらをすべてちゃんと抱えたまま、僕は今、広島を出る。

 そして東京に着き、この抱えているすべての想いを、真知子さんとのセックスにぶつけるのであった。

(文=隔たり)

※隔たり連載が朗読動画化! 大人の朗読劇『女と男の隔たり/恋の摂理と愛の行方』というYouTubeチャンネルができましたので、気になる方はぜひチェックしてみてください。

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