セックス体験談|ライブのあと、広島の夜、彼氏のいる女と…#1

「えっと、あの、あ、お、おねぇさんもライブですか?」

 

 ここにいるほとんどの人はライブに参加する人だ。そんなことはわかりきっているのに、戸惑っている僕はそんな質問を彼女にした。

 

「ええ。お兄さんもライブですよね」

 

 そんなわかりきった質問でも、彼女は優しく答えてくれた。彼女の優しい声に僕の心は少し落ち着いた。優しい人だとわかり、僕は安堵して「そうです。一緒ですね」と笑った。

 そこから彼女と会話をしながらライブ会場の入り口に向かった。彼女の名前は小夏といって、僕より年上の28歳だった。今は大阪に住んでいて、今日はひとりで来たらしい。

 

「大阪って意外でした。おねぇさんぜんぜん関西弁じゃないから」

「元々は関東で生まれたの。ちょっと前に仕事の関係で大阪に来て」

「そうなんですね。ちなみに、僕は東京から来ました」

「東京! 懐かしい。でもなんで東京なのに、広島の会場に来てるの? あっちにも会場あるだろうに」

「第3希望で申し込んでいた広島に当たっちゃったんです。第3希望なんて通らないだろうと思って、適当に広島で申し込んじゃって」

「そんなことがあるんだね」

「ええ。びっくりしました。第1希望は日産スタジアムで申し込んだんですけど」

「わぁ! 日産懐かしいなぁ」

 

 小夏さんはかつて東京に住んでいたらしい。さらに話を深めていくと、なんと同じ日の同じライブに参加していたことがわかった。もはやこれは運命なのではないかと、否応にもテンションが上がってしまう。たくさんの共通点に心の距離がぐっと縮まっているような気がした。

 会話に慣れて来た頃、僕は冷静に小夏さんの顔を見た。キャップ帽の下には、横長のシュッとした力強い目、ナチュラルな鼻が隠れていて、百貨店の化粧品コーナーの定員さんにいそうな綺麗な顔立ちをしていた。しかし、キャップ帽を被っていることが少年のようで親しみやすく、きつい女性という印象は全くなかった。

 ひとりで広島に来て良かった。もし東京で友達とライブに参加していたら、こんな出会いは絶対になかった。予想外な出来事の中に素晴らしい出会いがあるのだ。

 電車やバスの中でずっとくすぶっていた大好きな歌手への想いが小夏さんによって解放される。ライブ前の興奮を話すと、小夏さんも楽しそうに聞いてくれて、また楽しそうに話してくれた。同じ歌手が「好き」という気持ちで繋がることができる。僕は改めて、大好きな歌手のことをより大好きになった。

 スタジアムの入り口に着いた。そこにはたくさんの人がいた。みんな同じものが好きなのだと思うと興奮する。それと同時に、同じものが好きであるはずなのに繋がれない寂しさも湧いてくる。だが、今僕の横には小夏さんがいる。それだけで十分嬉しい。

 小夏さんがグッズを見たいと言ったので、いったんそこでお別れすることになった。僕はすでにネットでグッズを買い終えていたので、ここで買う物はない。

 このままお別れするのは寂しいので、僕は小夏さんにラインを教えて欲しいとお願いした。小夏さんは快く了承してくれた。

 

「それでじゃあ、また」

「うん! 隔たりくん、話してくれてありがとう!」

 

 そうして小夏さんと別れた。

 小夏さんと連絡先を交換したが、この後再び会うという約束はしなかった。勇気が出なかったのだ。ここに来るまで人の流れに合わせてしまったように、なんとなくの流れで解散してしまった。

 とはいえ、じゃあラインを送ろうと思うにも、なんて送っていいのかわからない。例えば「一緒に会場入りましょう」と誘ってもいいのだろうか。

 しかし、僕はアリーナ席で小夏さんはスタジアム席だ。アリーナ席とスタジアム席では入り口が違う。入り口が違うのに「一緒に中に入りませんか?」と誘うのは、さすがに変な気もしてくる。

 とりあえず、小夏さんに「ありがとうございました」と送ろうとラインを開く。すると、「真知子」という女性からラインが来ていた。

 

「隔たりくん、ライブ楽しんでるかな? こっちは仕事です。タイミング悪くてごめんね」

 

 真知子さんはマッチングアプリで知り合った女性だった。広島のライブに参加すると決まった瞬間、僕はなんとなく広島在住の女性にメッセージを送りまくったのだ。あわよくばライブの参加前に会えたらいいな、ぐらいの暇つぶしの気持ちだった。何人かの女性とマッチングし、1番気が合ったのが真知子さんだった。

 僕が広島に行った時はお会いしましょう、と真知子さんと話していた。真知子さんも了承してくれたのだが、急な仕事が入ってしまったと、一昨日断りの連絡がきた。残念だったが、それは真知子さんのせいではない。

 僕はその連絡に対し「また広島に行った時に会いましょう!」と連絡をしたが、当然だが広島に来る予定ができるなんてそうそうない。僕はもう真知子さんに会えないと諦めていた。ラインのアイコンが可愛かったから、少しショックではあった。

 真知子さんも僕に会えないことを寂しく思ってくれているのだろうか。ラインの文章を見ながら、そんなことを思う。

 

「真知子さん! 楽しんでますよ! 真知子さんもお仕事頑張ってください!」

 

 僕はスタジムの写真を添えて真知子さんに返信をした。すると、真知子さんからは、

 

「もう会場にいるんだ! 楽しんでね! ああ、隔たりくんに会ってみたかったなあ~」

 

 と返って来た。それを見て、僕は思わずニヤけてしまった。

 ものすごくいい日だと思った。ライブに参加できるし、小夏さんという女性とも仲良くなれた。そして、真知子さんに会いたかったと言われた。なんだか、何もかもが全てうまく行っているように思えた。

 休憩時間中なのか、真知子さんからはテンポよく返信が来た。僕は暇なので、同じテンポで返信する。すると、「グッズ買えました~」と小夏さんからも返信がきた。そうやってふたりと連絡を取っていると、あっという間に入場時間になった。

 僕の席はアリーナの右端、前から30列目くらいだった。だいぶ端っこではあったが、今までで1番ステージから近い席だった。

 興奮した僕は写真を1枚撮り、「ここら辺にいます!」と小夏さんに送った。小夏さんからは「近い! うらやまし~」と返って来た。そしてその後すぐに、小夏さんの席からの写真が送られて来た。

 感動を共有できるのはものすごく嬉しいし楽しい。僕はもっともっと共有したいと、真知子さんにも写真を送った。だが、真知子さんからは返信なかった。休憩時間が終わったのだろうか。

 ひとつの写真をふたりの女性に送る。自分が少しモテたような気がして興奮した。おそらく、小夏さんは自分だけに送られていると思っているのだろう。まさかこの写真が他の女性に送られているなんて、1ミリも想像してないんじゃないだろうか。そんなふうに興奮する自分は、思ったよりも嫌じゃなかった。

 スクリーンに映像が映し出される。ライブが始まった。

 緩やかに移り変わる映像。スピーカーから流れる音楽。そして、大好きな歌声。上を見上げると壮大な空が広がっていた。

 時間が経つと空は暗くなり、色とりどりの照明がアクティブに、時に柔らかく会場を包みこむ。リズムに乗り、音楽に乗り、そして歌声に合わせて僕は体を揺らす。周りの人も同じように体を揺らしている。

 一体感。

 ひとつの音楽を通して、空間が、心がひとつになっていく感覚。

 見知らぬ大勢の人たちと、その歌手が「好き」というたったひとつの感情で繋がる感覚。

 性別も年齢も、住んでいる場所も仕事も違う人たちが、一瞬を共有しているこの空間。

 それがものすごく心地よく、時に興奮し、僕はライブに深く没頭した。その時間はあっという間に終わってしまった。まるで夢のような時間だった。

 メンバーがひとりひとり舞台袖へと退場する。カラフルな照明はシンプルな、ただその場を照らすためだけの光となった。

 場内に整列退場のアナウンスが響く。初めはスタジアム席からの退場らしく、アリーナ席の僕が会場を出るまで時間がありそうだ。僕はライブの余韻に浸りながら、一度イスに座る。

 スタジアム席からの退場だから、もう小夏さんは外に出てしまっただろうか。そう思いながら携帯を開くと、小夏さんと真知子さんからラインが来ていた。

 僕は小夏さんからのラインを開く。

 

「ライブ最高でしたね! よかったら一緒に駅まで帰りませんか? 感想も話したいですし」

 

 一緒に帰る、という文字を見て、僕の中にとある感情と欲望が込み上げてきた。

 時間はもう22時近くになっている。東京への終電はもうない。つまり、僕はどこかに泊らなければならない。

 

「最高でしたね! 一緒に話しながら帰りたいです! 僕はアリーナ席なので、もう少し待ってもらえますか?」

 

 小夏さんにそう送り、携帯で「広島 ホテル」と検索をかける。

 

「了解です! 出たら電話ください!」

 

 僕は検索した「ホテル」の文字の前に、「ラブ」と付け足し、再び検索をかけた。

 

 画面に検索結果が表示される。

 

「はい! ありがとうございます! 小夏さんと一緒に帰れるの楽しみです!」

 

 僕はその画面がすぐに開けるように、お気に入りに登録した。

 ライブで大人数と繋がる一体感を味わった僕の体は今、たった一人の女性とひとつに繋がることを求め始めていた。

(文=隔たり)

※隔たり連載が朗読動画化! 大人の朗読劇『女と男の隔たり/恋の摂理と愛の行方』というYouTubeチャンネルができましたので、気になる方はぜひチェックしてみてください。

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