セックス体験談|別れのピロートーク#1

 受付を済まし、部屋に入った。平日で空いていたらしく、ふたりなのに大きな部屋に通された。

 部屋に入ると、梨香は「ひろーい!」と嬉しそうな声をあげた。

 

「本当だ。広いね」

「ね! 広いの嬉しい! たくさん歌おーっと!」

 

 梨香はさっそく曲の検索を始める。カラオケが好きなのだということを、体全身で表現しているみたいだった。

 おそらく20人以上入っても余裕だろうというほどの大きな部屋にふたり。空間を持て余している。梨香は機械で曲を探していたが、僕はどこに座ればいいかわからなかった。本当はもっと狭い部屋の方が良かった。それならば、自然に梨香に近づけるのに。

 梨香に会う前日、僕は彼女のプロフィール写真を何度も眺めた。明日この子に会うんだと思うと、ワクワクが止まらなかった。

 僕はあまりネットで人と会ったことがなかった。会ってもご飯を食べて解散、という程度で、特に何があるというわけでもなかった。

 それが梨香とはカラオケに行こうという話になった。カラオケは個室。ふたりきりの空間。ネットでやり取りをして仲良くなった女の子と、ふたりきりの個室の空間。大学生で性欲を持て余していた僕は、どうしても梨香と重なることを妄想してしまっていた。

 梨香とのキス。梨香の乳房。梨香の女性器。

 梨香のプロフィール写真を思い出しながら、そこにいる本物の梨香を見る。顔はほとんど写真通りで、体つきは想像以上にセクシーだった。その体を僕はどうしても性的な視線でなぞってしまう。

 梨香は僕がそんなことを考えているとは知らずに曲を入れ、そしてマイクを持って歌い始めた。チャンスだと思った僕は、梨香の目の前に置かれた機械を手に取る流れでさりげなく横に座る。梨香はマイクを両手で包むように持って歌を歌い始めた。

 お世辞にも上手いと言えなかったが、梨香は楽しそうに歌っていた。楽しそうな姿を見せられると、こっちまで楽しくなる。僕は梨香の歌声に合わせて体を揺らした。そんな僕を見て、梨香は嬉しそうに笑った。性的な匂いのない、楽しい瞬間だった。

 歌い終わると、梨香は「楽しい!」とマイクで叫んだ。

 

「ノってくれてありがとうね」

「いやいや。梨香が楽しそうに歌うからだよ」

「本当?」

「うん。本当だよ。もし歌いたい曲があったら、なんでも歌っていいよ」

「え、いいの? でも、隔たりも歌いたいでしょ?」

「まあ、俺も歌いたかったら入れるから、それまでは好きに歌ってていいよ」

 

 ありがとう、と梨香はマイク越しに言った。ずっとマイクを持っているなんて、本当にカラオケが好きなんだなと思った。

 

「じゃあ、隔たりが知らない曲を歌ってもいいの?」

「もちろん。俺が歌うときも、梨香が知らない曲になっちゃうだろうし」

「ありがとう。じゃあ、私の好きなバンドの曲を歌うね」

 

 梨香は慣れた手つきで機械を操作し、曲を入れた。メロディが流れたが、梨香の言った通り、耳馴染みのない曲だった。

 

「知ってた?」

「いや、知らなかった」

「だよね」

「でも、なんかかっこいい」

「でしょ? かっこいいの、この曲」

 

 激しいロック調の前奏が終わり、梨香が歌い始める。さっきまでの明るい声とは一変して、バントになりきったように、低くかっこいい声になった。

 僕はそんな梨香を見ながら、画面に流れる歌詞を眺めた。カラオケで知らない曲が流れたときは、歌詞を見るのが僕の習慣だった。自分の知らない曲に、おしゃれな言い回しやかっこいいフレーズが紛れていることが多々ある。それを見つけたいという姿勢でいれば、知らない曲が流れている時間は苦痛じゃなく、むしろ楽しい時間になる。

 梨香の声を聞きながら歌詞を見ていると、あるフレーズに心を奪われた。

 キス。もっと深く。ベッドで愛して。この曲は「男女の交尾」をカッコよく美しく描いていた。梨香はこの歌詞の意味を知って、この曲を歌っているのだろうか。男女の交わり合いを描いた曲を、今、梨香が歌っている。

 僕は好きな曲を歌っていいと、梨香に言った。そしたら梨香は、男女の交わり合いを描いた曲を、好きな曲だと言って歌った。曲の内容と歌っている人の感情を紐付けるなんて短絡的だが、僕は梨香の歌っている姿をみて、「梨香はそういう行為が好きなのかもしれない」と直感的に思った。

 曲が終わると、梨香は満足そうな表情をした。どこか興奮しているような表情にも見え、やっぱりエッチなことが好きなのかなと勘ぐってしまう。一度そういう方向で考え始めると、思考はなかなか元には戻らない。梨香から読み取れる情報は全て、彼女がエッチな女性であるという結論に集約されてしまう。

 ネットで知り合った男と会うこと。初デートで個室に行くこと。汗をかきやすいということ。Tシャツをパタパタさせること。下着が透けること。男女の交わり合いを描いた曲を歌うこと。

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