美咲かんなエッセイ:ふしだらな気持ち「恋愛弱者の恋」

 美しい花には棘がある――。誰もが備える多面性を表現したこの言葉。特に男を惑わす美女には危険な一面がある、という男の自戒的な意味を表しているわけだが…。勝手に舞い上がって棘が刺さってしまうのは男のせいとも言える。美女には美女の悩みがあるものだ。AV女優・美咲かんなも悩み多き美女のようで…。美しくもどこか陰のある彼女が、素直な気持ちをふしだらに綴る。

 

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美咲かんなエッセイ:ふしだらな気持ち「恋愛弱者の恋」

 恋や愛について、そしてその違いについて君たちは考えたことがあるだろうか。どこかの学者や詩人が各々「これだ」という答えを出して発表しているようだが、それもまた人それぞれで、正解というものはないと思う。

 人の一生などという儚き時間で本質が理解できるほど、単純なものではないのかもしれない。

 ただ、考えるのが好きな私はとりとめのない思考を巡らせるのが好きだ。今回も私の脳内を覗き見していただきたい。

 

※ ※ ※

 若い頃は…などと言うと「君はまだ若造だぞ」と言われてしまうのだけど、若さというのは数字ではない気がする。そもそも若さなどというものは実体のないものだし、若ければよいということでもない。

 肉体の衰え、特に胃腸のキャパシティや代謝には老いというものが顕著に表れる気がするが、先人たちに言わせるとまだまだこんなものではないらしい。そりゃあ私だっていつまでも若いと思っていたいところだけれど、飯の量を見誤ると地獄を見るお年頃である。

 世の中を歩くと人生経験の浅い小娘という扱いを受けることもしばしばあるのだが、そのくせ20代前半などの若い女性が好まれることも少なくはなく、あらゆる場面で求めてもいないリミットを勝手に定められ、何をしても生きづらさを感じるのだがそれについてはまた機会を改めよう。

 若い頃は軽い気持ちで恋をしていた。幼稚園に通っているころから高校まではお気に入り男子のようなものが常にいたし、憧れの対象は切れることがなく、その存在は帰属意識が薄く集団行動が苦手な私の命綱的存在であった。

 幼稚園のころ同じクラスには仲良くしてくれる男の子が2人いた。子供らしいスカート捲りなどのいたずらをされても、その2人のことはお気に入りという理由で許していた。

 私の育った家庭は転勤族で、転園をすることになりそれきりだったのだが、奇跡的に高校で再会した。もちろん恋愛に発展するなんてこともなく、今どうやって生きているのかもわからないくらいの関係なのだが、どこかで元気にやっていてくれればと思う。

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