裸エプロンの元祖は文明開化直後の横浜か ~明治9年の話~

※イメージ画像:Getty Imagesより


裸エプロンはいつ生まれた?


 「女性が全裸でエプロンだけ身につけた」というスタイリングは、エロを強調したものとしてヴィジュアル作品に頻繁に登場する。古くはアダルト向けの雑誌やグラビアで、最近ではAVや官能漫画などで定番だが、海外の一般的な映画作品でも筆者は何度か見たことがある。

 では、その「全裸エプロン」の起源は何か、いつ頃からヴィジュアルとして普及するようになったか。これについてはいまだ調査中である。資料や文献を当たっているが、決定的なものはまだ見つかっていない。

 ただ、明治時代に興味ある記述が残っている。

 明治9年(1876年)9月のこと。横浜・寿町のとある民家に戸籍を調べるために訪れた警察官が、「誰かいないか」と家の中に声をかけた。すると、奥のほうから巨乳のグラマーな女性が、「真っ裸申訳に前垂で前をかくして」出てきたという。

 しかも、そのあとから別の全裸の女性と、さらに裸かどうかは不明だが男が1人現れたというから、警官もさぞ驚いたことだろう。

 これは同年9月21日付の『読売新聞』に掲載された、「裸の家は淫買市場」という記事が伝える事件である。おそらく、全裸エプロンについての最も古い記述である。

 この事件だが、裸の女性2人と男1人が何をしていたのか、だいたいの予測はつくものである。明治や大正といった時代の新聞などを調べると、ほかにも3PとかスワッピングとかSMとか乱交とか、そういうものが絡んだ事件はいろいろと出てくる。違法な堕胎が発覚する事例もいくつも起きている。

 この新聞記事は、「開化の魁とも云はれる横浜に」と、驚き、または呆れるような口調で締めくくっている。というのも、もともと当時の日本は裸やセックスに非常にオープンであり、男女とも上半身を露出する程度はさほど気にしなかったらしい。そうでなければ、玄関から声がしたからといって、女性が全裸にエプロン姿で「はいはい唯今」などと出てくるわけがない。

 ちなみに、フェティシズムの中にはエプロン・フェチもあるらしい。大場正史著『世界性語事典』には、フランス人研究者の報告として、15歳にして白いエプロンの魅力に目覚め、以後、白いエプロンばかりを盗むようになり、何度も逮捕されながらやめられなかったという事例が紹介されている。

(橋本玉泉)

 

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