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姉妹3人との性生活の末に2人を殺害した「平木事件」とは


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 童貞喪失からすぐに3Pや乱交プレイを味わってしまった平木は、過激なセックスを志向するようになってしまった。そこで、しばらくして結婚したA子さんだけでは飽き足らず、仕事を解雇されて同居するようになったC子さんとも関係を持つ。やがて、仕事を探すため上京したB子さんが同居するようになると、平木は彼女も無理やり押さえつけて関係を結んだ。

 そうして平木と3姉妹は、連日連夜、4人乱れあってのセックスを続けていたという。取り調べの刑事によれば、平木は「4人でできることは、何でもやった」という。たとえば、姉妹の一人と合体したまま他の2人を指などで愛撫するのはもちろん、3人姉妹をバックプレイ状態にして並べ、背後から順番に挿入していく、俗に言う「ウグイスの谷渡り」など、あれこれ試してみたらしい。

 だが、平木はそういう乱れた生活にも疲れていった。そして、3人のうちで最も気に入ったB子さんと結婚しようと思い、A子さんを昭和14年12月に、C子さんを事件発覚著直前の2月2日にそれぞれ殺害していた。遺体を寝室の床下に掘った穴に隠し、姉と妹が立て続けにいなくなったことにB子さんは不審に思ったが、平木は「住み込みの家政婦の仕事が見つかったので出て行った」などと言って彼女をごまかした。

 しかし、そんなことでB子さんは姉と妹の失踪を納得するはずはなかった。彼女が2人の行き先を追及するため、平木は彼女とは結婚できないとあきらめた。そして、彼女との無理心中を図ろうとしたものの失敗。B子さんが留守の間に2人の遺体を掘り出すと、灯油をかけて火をつけて逃げ出したのだった。

 すでに昭和12年には日中戦争が始まり、翌年の13年には国家総動員法が公布されるなど、世間的には完全に戦時という空気が支配していた。不安な時代の、退廃的な事件である。

 昭和10年代半ばから終戦までの間、スキャンダラスな事件報道は他の時期に比べて目に見えて少ない。しかし、そうした事件の発生が少なかったわけではない。すでにメディアにおける言論統制が進められており、刺激的な報道は制限されていたからである。
(文=橋本玉泉)


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