セックス体験談|ライブのあと、広島の夜、彼氏のいる女と…#5

 僕は下半身に手を伸ばした。驚くことに、真知子さんの下着はおもらししたのではないかというほど濡れていた。

 

「今なら入る気がするの」

 

 真知子さんが言う。断れるはずなどない。僕も望んでいたことだから。

 

「わかりました」

 

 起き上がって、真知子さんの下着を脱がした。下着とアソコを結ぶように、愛液の糸が伸びる。

 その糸を指で切り、そのままアソコに触れた。真知子さんが体を震わす。

 

「ああぁん…もう…お願い」

「はい。わかりました」

 

 コンドームをつけて、足の間に入った。

 

「入れますね」

「うん」

 

 モノでアソコを撫でる。卑猥な音が鳴る。

 

「あぁん…」

 

 真知子さんは両手で顔を隠している。

 ゆっくりと挿入していく。

 

「んんん…」

「半分入りました」

「うん」

「痛くないですか?」

「…大丈夫」

「奥まで、入れますね」

 

 うん。来て。隔たりくん。そう言って、真知子さんは両手を開き、こちらに伸ばした。

 その開かれた両手の間に体を落とす。上半身が重なり、強く抱きしめ合った。

 

「いきますよ」

 

 前回は少ししか入らなかった。でも…今日は。

 

「きて」

 

 真知子さんが求めてくれている。

 

「はい」

 

 腰をクイッと前に出した。その動きによって、モノが奥まで突き刺さる。

 

「はぅ…あぁうああ」

 

 真知子さんがぎゅっと僕のことを抱きしめる。その力がとても強い。

 

「大丈夫ですか?」

 

 囁くように聞くと、真知子さんは言った。

 

「幸せ…」

 

 大丈夫とも大丈夫じゃないでもなく、幸せと答えた真知子さん。そんなふうに言ってもらえて、僕も幸せだった。

 

「僕も幸せです。やっと、ひとつになれましたね」

「うん…ひとつになれた」

「ずっとずっと。初めて真知子さんと会った時から、こうなりたかったです」

「私も。ずっと隔たりくんとこうしたかった」

 

 唇が重なる。濃厚に舌が絡まり合う。僕と真知子さんは初めてひとつになった。

 それはとても幸せな時間だった。僕は初めて「セックスにおける幸福」みたいなものに出会えた気がした。

 目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。それはホテルの天井だった。横を見ると、真知子さんがいた。あれは夢だったんだ、と気付く。妙にリアルな夢だった。

 ライブ会場にいる夢だった。音楽が鳴ると、僕は叫んでいた。隣には小夏さんがいた。小夏さんは「うるさい」と言って僕の頬を叩いて会場を出ていった。小夏さんを追いかけて僕もライブ会場を出た。小夏さんを見失ってしまったが、そこには真知子さんがいた。真知子さんは両手を広げてくれていた。誘われるように駆け出したところで、何かにつまづいて転んでしまった。顔を上げると、真知子さんは悲しそうな顔をして振り向いて歩き始めた。「待って!」と僕は叫んでいた。真知子さんを追いかけようと立ち上がろうとした時に、目が覚めた。

 横の真知子さんを見てホッとした。僕はちゃんと真知子さんとセックスできた。昨日のあれは夢ではないのだ。

 

「あ、おはよお」

 

 真知子さんは眠そうな顔でそう言った。すっぴんだった。子どものように幼く見えたが、それも愛おしかった。僕は抱きしめた。冬の朝の寒さと真知子さんの体温の暖かさが混じり合って気持ち良かった。

 自然と唇が重なった。セックスの前の前戯のような性欲的なキスではなく、安心感によって交わされたキスだった。優しい優しいキスだった。

 チェックアウトの時間が近づいてきたので、僕らはそれぞれ着替えた。思ったよりも準備が早く終わり、1時間程の時間が余った。

 僕らはベッドに寝転がってじゃれあった。抱きしめたりキスをしたり。別れを惜しむような行為ではなく、ただただその時間を楽しむ行為だった。この時の僕は、広島に住んでいる真知子さんと再び会えるということを疑いなく思っていた。

 だが、別れとは想像もしないところから唐突に訪れてしまう。そしてその理由が自分の不甲斐なさからくるものだった場合、その後悔は傷となって心に残ってしまう。

 きっかけは何気ない会話だった。真知子さんが広島でのライブの話を聞いてきたのである。

 僕は4ヶ月前を思い出しながら真知子さんに話した。もちろん小夏さんの存在は伏せた。楽しそうに聞いてくれるのでテンションが上がり、僕は携帯でYouTubeを開いて過去のライブ映像を見せた。これが有名なライブなんですよ。この選曲が泣けるんですよ。そんな僕の語りを、真知子さんは楽しそうに、そして優しい眼差しで聞いてくれていた。

 その時、携帯から音がなった。

 ピコン。

 たった一瞬の出来事だった。その瞬間、僕は反射的に指で弾いていた。

 弾いたのは、携帯画面に表示されたラインの通知だった。

 

「早くキスしたあ~い(ハート)」

 

 マッチングアプリで知り合い、連絡を交換した女性からのラインだった。その女性は年齢はわからないが、年上のおばさんみたいな見た目をしていた。僕はまったく会う気は無かったのだが、誘惑してくるようなエッチなメッセージが送られてくるので、やりとりを続けていた。

 そのメッセージを真知子さんに見られてしまった。

 一瞬だけ静かになり、また携帯からライブ映像の音が流れ始めた。僕は何事もなかったようにライブの話を続けたが、頭の中では「終わった」と思っていた。

 その通知のメッセージを真知子さんがどう受け取ったかはわからない。僕の話を変わらずに「うんうん」と聞いてくれていたが、どこか表情は硬くなっているような気がした。

 そして、そこからはあっという間に時が経ち、ホテルをチェックアウトした。

 駅まで見送ると、真知子さんは「バイバイ」とだけ言って改札を通り、人混みの中に消えた。「楽しかった」や「また会おうね」という言葉はなかった。あっけない別れだった。

 昨日までの幸せが嘘みたいだった。なぜ僕はラインの通知を切ってなかったのだと、猛烈に後悔した。

 その後、真知子さんとは連絡が取れなくなった。最後の連絡は、あっけない別れをした日の「今日はありがとう。体調には気をつけてね」といった社交辞令のようなラインだった。「また会おうね」という言葉はなかった。

 数日後、僕はヤケクソになって「早くキスしたあ~い(ハート)」と送ってきた女性と会った。想像以上におばさんだった。母親よりも年上の女性を抱いた経験はあったが、その時はそんな気分になれなかった。あなたのせいで真知子さんと連絡が取れなくなったんですよ、と怒りすら湧いてきた。彼女は悪くないのに。悪いのは自分なのに。

 けっきょくその女性とはキスすることもなく、10分だけ会話をして帰った。

 今でも真知子さんとのことを思い出す瞬間がある。小夏さんとホテルに行ったがセックスできず、その悲しさを抱えて出会ったのが真知子さんだった。悲しさの後に嬉しさがあった。真知子さんは女神のように優しい人だった。

 挿入ができなくても幸せだった。でもその4ヶ月後に、ちゃんと挿入できた。幸せだった。気持ち良いと感じるセックスはたくさんあったが、これほどまでに幸せを感じたセックスは初めてだった。そんな幸せなセックスを、自分の甘さと不誠実さで失ってしまった。

 悲しさの後に嬉しさがある。でもそれは裏を返せば、嬉しい出来事の後には必ず悲しい出来事が待っているということだ。恋人ができた幸せの後に、恋人との辛い別れがあるように。

 そんなふうに、人生とは嬉しいことと悲しいことを順番に繰り返しながら進んでいくのだろう。もう二度と訪れない真知子さんとの日々を思い出すと、僕はそんなことをいつも考える。

 あの日、真知子さんは通知を見て、心の中で何を思ったのだろうか。驚いたのだろうか。傷ついたのだろうか。悲しい気持ちになったのだろうか。

 もしそうだとすれば、あの日僕と別れた後、真知子さんに嬉しい出来事があったと願いたい。だって、悲しいことの後には嬉しいことがあるから。僕が真知子さんのためにできることは願うこと、もうそれしかない。

 真知子さん、僕と出会ってくれてありがとう。そして、ごめんなさい。

 通知を見たときも別れた後も、僕を責めなかった優しい優しいあなたに、幸せが訪れていますように。

(終)

(文=隔たり)

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