セックス体験談|別れのピロートーク#5


「梨香に会えてすごく楽しかったよ。カラオケも楽しかったし、住んでいる家も見れた。今日も楽しかった」


 ならばせめて、僕のそんな葛藤には気付かれずに良い思い出で終わりたい。それはエゴなのかもしれないけど、梨香といて楽しかったのは事実だから。


「そうだね。私も楽しかったよ。居酒屋とかでご飯食べたのとか楽しかったなぁ。カラオケは歌ったってよりも、フェラさせられた記憶しかないけど」


 梨香が上目遣いでニヤリと笑う。その言葉に僕は慌てて謝る。


「ごめんごめん。でも、あのフェラめっちゃ気持ちよかったよ。というか、口の中に出したの初めてだったし、びっくりした。あれで梨香エロいなって思ったんだよなあ」

「私そんなにエロくないって」


 と言いつつも、梨香は僕の乳首をいじり始めた。その姿はまるで好奇心旺盛な子どものようだった。


「あれはね、むかついたからだよ。なんで遅刻したからってフェラしなきゃいけないんだって。だったらもう口でイかせてやろうと思って!」


 梨香がそんなことを思っているなんて、少しも思わなかった。

 言っている内容とは裏腹に梨香の声は明るかった。その時、僕は思った。梨香は僕の想像以上に強い女性なのだと。純粋だから、素直だから明るいのではなく、彼女なりの強い意志があるからこそ明るいのだということを。

 僕も梨香のように強く生きていけるだろうか。むかついたからイかせてやる。自分の感情のままに行動しながらも、相手にそれを気付かせない。そんなふうに、僕もセックスをしたいからする、その気持ちに素直になりながら決して相手は傷つけない。そんなふうになれるだろうか。

 梨香が僕の胸から離れ、立ち上がる。その裸の後ろ姿はたくましく見えた。

 僕はそんな梨香の背中を追いかけるように、ベッドから体を起こした。

ーーーーーー

 大学4年生の春、僕は就職活動で神奈川県のとある駅に降りた。

 改札を出ると、見たことのある景色が広がっていた。ここに来るのは初めてではない気がする。記憶の中を探ると、あるひとりの女性を思い出した。あの子の名前は確か「梨香」だった。

 名前を思い出した途端、彼女との記憶がいっせいに呼び起こされた。ネットで知り合ってカラオケに行ったこと。カラオケでフェラをしてもらったこと。そして、この駅から少し歩いたところにある彼女の家でセックスをしたこと。アメリカに留学すると嘘をついたこと。

 彼女のことを思い出し、すごく懐かしい気分になった。彼女は今でもこの街に住んでいるのだろうか。なんとなくフェイスブックで検索をかけてみると、彼女のものらしきアカウントを見つけた。

 僕と出会った2年前、彼女は介護の仕事をしていると言っていた。だがフェイスブックの投稿を見ると、彼女はもう介護の仕事を辞めているようだった。そこにはキレイなドレスを着ている姿やナイトプールで遊んでいる姿、高級そうな食事を前に笑顔を見せている彼女の姿が投稿されていた。

 そしてそれらの投稿の最後には必ず、「人生は変えられるんだ!」という文字が添えられていた。

 介護の仕事をどうしようかと悩んでいた彼女は会社を辞めて自分の道を切り開いたのだと、僕はその投稿を見て思った。あの時、彼女を「すごい」と思った感覚は間違いではなかったのかもしれない。

 写真の中で楽しそうに笑う彼女。もう、僕とセックスしたことなど忘れているだろう。それでも、僕は寂しいと思わなかった。むしろ寂しいという気持ち以上に、僕とのセックス体験が彼女の傷にならなくてよかったと安堵した。

 彼女とお別れをした後も、僕は何人かの女性を抱いた。それでも、彼女とのセックスの後に頭の中をぐるぐるした「自分は本当にセックスが好きなのか」という問いの答えは出ていない。

 セックスが本当に好きな人なら、そもそもそんなことを考えずにセックスができる。セックスがすべてではないと言い切れる人は、セックスに固執せずに生きていける。僕はそのどちら側なのだろうか、という問い。

 おそらく、僕はそのちょうど境界線上にいるのだろう。だから、今は焦って答えを探さずにその境界線上で考え続けていこうと思っている。会社を辞めて自分の道を切り開いた彼女のように、僕なりのセックスとの向き合い方を見つけていきたい。

 フェイスブックのアプリを閉じ、地図アプリを開く。面接会場の住所を入力し、場所を確認する。そして画面から顔を上げて、一歩踏み出した。

 その時、柔らかな風が僕の鼻をかすめた。

 いつの日かカラオケの中で嗅いだような、懐かしい香水の匂いがした。

(文=隔たり)

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