ピノイタロウの快感体験観察日記

【フィリピーナの魅力】初めて出会った潮吹きピーナ


 これは美味しい。締りが、一味違う。一度締まってから、きゅっきゅっと指で握るように、それを数回繰り返すのだ。

 楽しんでいる。楽しませてもらっている。

「生きることを楽しみたい」と、言ったお姉ちゃんがいたけど、同じ感覚なのかな。

 日本のお姉ちゃんにも、事に夢中になる子はいるけど、最中のもてなしと、事後の表情が違うんだよな。

 満足しようとする心の置き場が、違うのかもしれない。セックスを通して、生きてることを実感するということだろうか。

 確かに、あの何もかも忘れさせてくれる快感と興奮は、命を使っているような気はする。セックスに溺れるのではなく、楽しむのであれば、己の存在を意識させてくれるかもしれない。

 存在意識といえば、日本では若者の自殺が多いと聞く。きっと、己の存在価値がわからないのだろう。

 フィリピンでは、カトリックの影響もあるが、まず自殺はない。存在価値も考えない。自分が存在して、生きていること事態に価値がある、と考えているからだ。

 怠け者で向上心が薄くて、嫉妬や妬みが強くて、おしゃべりなんだけど、その時その時を楽しんで、生きているという実感を味わっている、と感じることは多い。

 己の存在に疑問を持って生きるより、生きることに価値を見出して、人生を楽しんだほうが、はるかにいい。いじめもうつ病も、入り込む隙がない。フィリピーナの明るさとセクシーさは、そこからきているようだ。貧しくて、教育程度も低くて、将来の展望が開けなくても。でも、生きることを楽しんでいるから、決してギブアップしているわけではない。

 潮吹きから、余計なことを考えてしまった。だけど、そう考えると自然の潮吹きも膣の締りも、大胆な行為もわかるような気がする。食べたり飲んだり買い物したり、それと同じように、セックスを楽しみ楽しませるのだ。日本の若い男女に、大きな声で、生きることを楽しみなさいと言いたい。セックスレスに悩んだり、破廉恥行為に走らないで、食べる・寝る・やる。この生きるための三大欲望を、理屈抜きで楽しめば、人生おもしろくてしょうがないと思うのだが……。

 さて、明日はどんな楽しみが待っていてくれるのか、朝起きるのが楽しみだ。
(文=ことぶき太郎)

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