【女と男の隔たり】セフレと恋人の境目 ~最終夜~

「何って、最初の頃話したじゃん」


 初めて朝を迎えた日、七海に仕事のことを聞かれて僕はとっさに前の会社の仕事を答えた。その時は「今はプロジェクトが終わって休みをもらっている」と誤魔化した。

 しかし、僕はこの時、急に質問をされて自分が何と言ったのか忘れていた。なんて答えようかと頭を必死に回しているが、答えが出てこない。


「そうだよね。最初の頃話してくれたよね」


 僕はニートであることなんて素直に言えない。もし打ち明けた時に変な目で見られてしまったり、軽蔑されてしまうのが怖いのだ。七海は優しいからそんなことをしないとわかっていても、自分がニートであると打ち明ける勇気は僕にはなかった。

 七海は何かを察したのか、それ以上その話を広げることをやめた。エレベーターの中には不穏な空気が流れている。このエレベーターは上がってくるときも遅いが、降りるスピードも遅かった。それが余計に息苦しくさせる。

 逃げ出したい、という衝動がふつふつと沸いてくる。

 今日の朝の楽しい雰囲気が嘘のようだった。仕事の話ひとつだけで重い空気になってしまう。僕のせいとはわかっている。だからと言って、打ち明ける勇気はない。

 ふたりとも無言のまま、エレベーターはゆっくりと1階にたどり着いた。


「じゃあ、また」

「うん。仕事行ってくるね」


 家の前で僕らは解散した。七海の歩く後ろ姿を少し眺めてから振り返り、僕は駅へと向かう。

 楽しい日々が続いたとしても、今日も楽しい日々を過ごせるかはわからない。昨日まで毎日ようにセックスできてたとしても、今日もセックスできるとはわからない。

 過ごしてきた日々がそのまま、今日に続いていくとは限らない。

 電車に乗って携帯を開くと、七海からラインが来ていた。


「さっきはごめんなさい。夜、親子丼を作って待ってるね」


 重たい空気にしたのは、僕が仕事のことで嘘をついているせいなのに。七海のラインはいつも優しい。


「こっちこそごめんね。夜も行くよ」


 今の気分では正直、七海の家に行きたくなかった。またあの重たい空気になるのが怖かった。

 けれども、セックスができる。それだけで家に行く理由になる。会う理由になる。重たい空気になったとしても、セックスすればいい雰囲気になるだろう。

 僕はそう何度も自分に言い聞かせた。

 

 玄関の扉を開けて僕を迎え入れた七海は、とても嬉しそうな表情をしていた。なぜだかわからないが、テンションが高いようだ。


「隔たりに会ってから、私は毎日楽しいんだよ」


 親子丼を食べてるときも、七海のテンションの高さは変わらなかった。あまりにも高いので、今日何がいいことあったの、と聞いてみた。


「職場の人からね、『七海ちゃん最近みるみる可愛くなったね』って言われたの」


 嬉しい、と七海は頬を緩ませた。こんなにテンションの高い七海は初めて見た。と同時に、僕は七海に対してあまり「可愛い」と言ってないことに気づいた。


「やっぱり可愛いって言われると嬉しいの?」

「そりゃ嬉しいよ。だって可愛くなりたいっと思って、髪だったり化粧だったり服だったり、色々と工夫しているんだから」


 部屋の隅にかけられた色とりどりのベレー帽が目に留まる。初めて会ったときに被っていたベレー帽。最近、七海はベレー帽を被らなくなった。


「隔たりのおかげで毎日が楽しい。ありがとう。多分、楽しいから表情が良くなったのかな」


 七海はそう悪戯っぽく笑った。

 確かに、出会った時の七海は自信のなさそうな顔をしていた。僕と過ごしていることで、七海の中で何か自信になったのだろうか。毎日のように男と過ごしていることか、毎日のようにセックスをしていることか。

 それとも、恋をしてるからなのか。


「じゃあ片付けるね。私がお皿洗うよ。先にシャワー浴びてね」


 食事が終わると、七海はテキパキと皿洗いを始めた。これも可愛いと言われた効果なのだろうか。僕は七海に従ってシャワーを浴び、そしていつものようにベッドの上に全裸で寝転がり、七海を待った。

 七海がシャワーから出てくるのを持っている間、僕は部屋の鏡で自分の顔を確認した。僕の顔は七海と出会った時から全く変わっていないように思える。カッコよくもなっていない。自信のあるような顔なんてしていない。何かを隠しているような、元気のない顔に見えた。

 恋人とかセフレとか、関係性なんてどうでもいいと思って約1カ月間、七海と過ごしてきた。関係性を気にしなくなってから過ごした日々は、僕にとってとても心地いいものだった。

 ニートであることを隠しているから、朝のような重たい空気になってしまう。けれど、ニートを打ち明けてしまったらこの心地のいい日々が崩れてしまいそうで怖い。

 七海が元カレのことを打ち明けて僕らの関係は、見るからによくなった。そう考えれば、僕もニートであること打ち明けたほうが、関係性がよくなっていくのかもしれない。

 そう考えていても、ニートであることを打ち明けるのは苦しい。七海の話は「元カレに傷つけられた」という話だ。七海自身は悪くない。僕がニートであるという話は「僕が怠惰である」という話に聞こえてしまう恐れがある。今はちゃんと働いている設定でいるからこそ、その振り幅で「情けない男」として見られるのが怖い。

 そう、僕はそんな怠惰な自分を七海とセックスをすることによって肯定していたのだ。もし打ち明けてセックスができなくなってしまったら、僕は自分を肯定できなくなってしまう。

 何度考えても、やはり七海にニートであることを打ち明ける気にはなれなかった。

 洗面所の方からドライヤーの音がしたので、僕は電気を薄暗くしてベッドに潜り込む。今日もまた、これから七海とセックスをする。そのおかげで、何もしなかった僕の今日1日に意味が加わる。


「お待たせ」


 七海はバスタオルをほどき、裸で僕のいる布団の中に潜り込んできた。そしていつものように抱きしめ、キスを始める。ゆっくりと、ねっとりと。そして徐々に早く、舌が絡まり合う。

 七海とキスをしていることが僕に自信をくれる。自分は毎日のように女性とキスができるほどの価値がある人間なのだと。

 キスをしながら七海の体に触れていく。何度も触ったはずなのに、胸の膨らみに触れると脳が弾け飛びそうになるほど興奮してしまうから不思議だ。


「あんっ」


 何度も触っているから、七海の弱いところも知っている。七海は右胸の乳首が感じやすい。そこを人差し指で優しく触れながら、激しく舌を絡ませていく。


「んっ、あっ、んん」


 乳首に触れていると、七海は感じてしまうせいか口をすぐに離してしまう。僕はいつも、すぐにかぶせるようにキスをする。誰かと密着しているということは安心感を与えてくれるから、僕は七海から離れたくなかった。

 キスをしながら、手を下半身へとゆっくり下ろしていく。そこは当たり前のように大洪水だった。何度触っていても、アソコが濡れていると知った時の興奮はたまらない。


「濡れてるよ」

「恥ずかしい…」


 キスを続けながら、愛液で湿らした人差し指をクリトリスに当てた。触れるか触れないか程度の強さで優しくなぞると、七海は本格的な喘ぎ声を漏らし始める。


「あっ、あっ、うぅう…気持ちいぃい」


 いつもクリトリスを触る前とあとで、女性の体の反応が見るからに変わっていくから面白い。七海もそこを触るだけ、ひとつエロいスイッチが入ったような反応になる。ここからセックスに没頭していく瞬間。これから快楽に向かっていくという合図。たまらなく興奮する。


「七海、舐めていい?」


 ふと、唐突に七海のアソコを舐めたくなった。七海に対して何度かクンニをしたことはあったが、毎回してはいなかった。最近は生理の周期だったこともあり、なおさらできていなかった。


「え、恥ずかしいよぉ」

「でも、舐めたことあるじゃん」

「そうだけど、恥ずかしいのっ」


 先ほどまで喘いでいた七海は、急にただをこねる子供のように体を縮こませた。

 手がアソコから離れる。


「え、どうしたの?」

「恥ずかしいのっ」


 体を縮こませた七海は僕に背を向けた。


「あれ、舐められるの嫌いだったっけ?」

「恥ずかしいのっ」


 僕が何を聞いても、七海は「恥ずかしい」の一点張りだった。前にクンニをした時は一切恥ずかしがっていなかったから不思議に思った。何があったのだろう。


「どうしたの?」


 背を向けている七海の体に手をかけ、こっちを向けさせようとするも、七海は振り向かない。


「恥ずかしいのっ」


 そう言った後、七海は「うふふ」と笑った。七海は楽しんでいる。なぜだかわからないが、体の中に熱いものがふつふつと沸いてきた。


「ごめん。七海に気持ちよくなってほしいから舐めたいんだ」

「恥ずかしいから、嫌だっ」


 顔は見えていないが、声色から七海が笑っているということがわかった。

 体の中に沸き上がってくる熱は止まらない。

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