「奥さんのほうは私がお世話いたしましょう」 人妻を共有した話の結末は…


「ご親切ありがとうございます。それでは、古女房で申しわけありませんが、こいつは藤次郎さんに差し上げましょう」

 すると藤次郎氏、「いやいや、そこまでは」とさすがに遠慮がち。

 「どうぞ上げます」「いえ、それは」となかなか話がつかなかったが、そこにさらに第三者が仲介に入り、離婚するのは不都合だろうという理屈から、「女房を半夜代わりまわしにすることに示談が整った」という。つまり、夜中ごとに一人の奥さんを交代で「お世話」することになったというわけである。

 要するに、2人の男が一人の女性を共有することにほかかならない。

 ところが、次第にこの奥方が藤次郎のほうばかりを好むようになっていった。記事には夫婦の年代が書かれていないが、おそらく壮年のことと推測される。だが、藤次郎は26歳の体力も精力も旺盛な年代。「女房は若い藤次郎の方がよいと見えて、夜鍋をするのなんの蚊のと先の亭主へは毎度断はるやうな都合」になったらしい。

 これには最初は辛抱していたご主人も、ついに我慢できなくなって苦情を訴えた。その後、どうやら示談になりそうだというところで記事は終わっている。

 ちなみに、この記事のタイトルは「共同便所」である。

 一方、明治8年7月28日の『東京曙新聞』には、「妻君共有村」なる記事が載っている。これによると、男が3~4人、女が2~3人で暮らしている家だか一角だかがあり、そこでは誰が誰の夫か妻かといった区別はなく、適当にパートナーを選んで生活していたようだ。それでいて、ケンカやいさかいも起きずに仲良く暮らしていたらしい。それを見て「感心でござると近所のものが」噂しあったという。
(文=橋本玉泉)

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