◆さすらいの傍聴人が見た【女のY字路】 第35回

「強烈なお金への執着心から無計画に繰り返された犯行」ピストル強盗殺人事件

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『奈落―ピストル強盗殺人犯の手記』
著:熊谷 徳久/構成:菅野 国春

 坊主頭に中肉中背。年齢の割に体格はしっかりしている。からし色のポロシャツにハイウエスト気味の紺色ズボン。眼光は鋭いが、茶目っ気もあり、おそらく、女性にもそこそこ可愛がられただろう。熊谷徳久(逮捕当時64)。見た目的にはその辺にいくらでもいるような気の良いおじいさんだが、やったことは、相当凶悪だった。

 2004年4月、窃盗罪で服役していた刑務所を出所するやいなや、何を思ったかディスコ開業資金を得るために強盗を計画する。同年5月、東京駅の地下にキヨスク集金事務所がある、と思い込み、拳銃で襲撃しようと赴くも、そんな集金所は当然ながら見つからなかった。腹いせに、東京駅地下の機械室に灯油をまいてライターで放火。ゴミとして置いてあったエアコンや缶などを焼いた。この火事で総武線快速・横須賀線ホームに煙が立ちこめ、乗客数百名が避難する大騒ぎになった。

 ディスコ開業への執念は凄まじく、この一件では終わらなかった。同月27日、金を奪うために横浜市内の警備会社事務所を襲撃。しかし、何も奪えず逃走。そして29日深夜、横浜中華街のレストラン経営者(当時77)を横浜市中区の自宅前で待ち伏せ。帰宅したところを見計らい、持参していた銃で頭を打ち、殺害。経営者の持っていた現金40数万円入りのバッグを奪い、逃走した。

 まだまだこれでも終わらず、さらなる犯罪に手を染める。6月23日の朝、東京メトロ渋谷駅構内で駅員(当時32)を拳銃で撃ち、持っていた紙袋を奪い逃走。駅員はこの事件で右足麻痺などの後遺症が残る重傷を負った。ちなみに紙袋の中身は洗面用具などで、金は一円も入っていなかったという。

 法廷での熊谷は一風変わった振る舞いが印象的だった。まずファッション。当初こそ、普通のおじいさん的装いだったものの、公判が進むにつれ、スーツ、革ジャン(下には赤いTシャツ!)、ジーンズなど、どんどん勝気なスタイルに。発言も、そのスタイルにふさわしく(?)、「戦争、宿命、男気、特攻隊」など連呼、裁判所に発言を制限される場面もよく見られた。

 調書には「チャカを手に入れた以上、相手が死ぬことは分かっていたが、やるしかない、いちかばちかの大勝負、戦争だ」と男気炸裂のセリフ。法廷で今の日本について尋ねられると、「今の日本は幼女を監禁したりする犯罪が増えたが、明治憲法を廃止したのが良くない! 明治憲法のままで男は軍隊に入ればまともになる! 女郎がいないのも男にストレスをためさせて犯罪につながる! それなのにアメリカ人の憲法なんかになっちゃって……(ここで発言を止められた)」と独自の見解を披露。「はっきり言って昭和53年の頃は本当に商売がうまくいっていた」と、過去にゲーム機賭博(コレ自体犯罪である)で成功を収めた時の話を、何にでも挟み込んでくるのだった。

弁護人 「当時は金あげて男上げようと思ってたわけ?」
熊谷 「はい!! 男気上げすぎちゃったッス」

 あっけらかんとしすぎている。反省について聞かれると、

「お詫びなんて、してもしてもしきれない、自分が死ぬのが一番いい、自分が一番ダメだ」

 そもそも熊谷は幼少期に戦災孤児になり、まともな教育を受けていない。昭和53年、強盗で5年服役後、中国茶販売事業、焼き鳥屋、中華料理店など次々事業を興すも失敗。平成元年に露天商を営み、一時は成功を収めるも、廃業する。しかし、このときの成功や、かつて本人が成功を収めたと語っているゲーム機賭博での大儲けが忘れられなかったようだ。町工場を営んで饅頭を製造したいとひらめき、資金捻出のための強盗を思いつく。再び強盗目的で人を襲い、服役。このとき刑務所内で”東京駅のキオスクには5億ある”という噂を聞きつけたようだ。出所してから襲撃することを心に誓ったらしい。出所後、下見のために軽自動車を盗み、またも服役。この出所から、先に書いた一連の事件を起こし、その後自首した。

 確かに熊谷には何かが欠落しているような印象を受けた。刹那的で、金への執着が強烈。本人の中では筋の通った行動であるらしい。反省の気持ちもあるようだがうまく言葉にできていない。一審で鑑定を行った医師も「教育を受けていないので自分の気持ちを表すことが難しい。愛情を受けたことがないので思いやりに欠けている」などの見解を示していた。

 一審では「駅員の男性は幸い命を取りとめている」と無期懲役。だが、二審では「死刑を回避するケースではない」と死刑。そして今年3月「死刑はやむを得ない」と最高裁が被告側の上告を棄却し、死刑が確定となった。

 日本における殺人裁判で死刑判決を宣告する場合は”永山基準”が参考とされることが多い。永山基準とは過去、最高裁が永山則夫連続射殺事件で示した死刑選択基準である。特に殺害された被害者の数がこれまで重要視されがちであったが(永山事件の被害者は4名)、この事件では被害者が1名である。

 これまでの永山基準が妥当であったと思うか、今回のように1人でも人を殺せば死刑にした方が良いと思うか、この辺りの考えは人によりさまざまだろう。

 個人的に一番問題だと思うのは、熊谷は服役を繰り返しているのに、犯罪傾向が弱まることがなかったことである。むしろ、獄中で現金強奪計画への思いを強くしている。服役とは一体何なのか、更生とは一体どのようになされるべきなのか。現在の日本の更生教育に、ただ疑問を感じるばかりである。
(文=高橋ユキ)

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