◆さすらいの傍聴人が見た【女のY字路】 特別編6

通り魔殺人事件に見る「漠然とした不安」の根源

51jvtOANhuL._SS500_.jpg*イメージ画像:『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』 洋泉社刊

 7名が死亡、10名が負傷した秋葉原通り魔殺人事件の公判もやっと終わりが見えてきた。1月25日、論告が行われ、検察側は死刑を求刑。3月下旬には判決が下される。論告でも「無差別通り魔殺人事件としては最大級の被害。日本犯罪史上まれに見る凶悪重大犯罪」と断罪されていた。

 逮捕当時に報道されていた動機は「たくさん人を殺せば死刑になれるから」。先日の論告で語られていた動機としては「悩みや苦しみを無視され、マトモに扱ってもらえないことに怒りを感じていた。自分の存在をアピールし認めさせよう、と、大きな事件を起こして、その原因が、自分を無視した者、掲示板の荒らしや成り済ましなどにあると思わせ、それらの者たちに復讐したいと思った」。頻繁に出入りしていたネット掲示板を荒らされたり、成り済ましが現れたことについて怒りを感じていたようだ。また被告人は公判で否定していたが、モテないことや、容姿についても気にしていたという。

 だが、たとえモテなかったり、ネット掲示板でトラブルが起こったとしても、ここまでの事件を起こすことなど、頭の片隅にも浮かばない人が大多数だ。彼らはどういう目的で犯行を犯すのか。

 警察庁は殺人事件(未遂を含む)のうち、
1:不特定の人たちが無差別に被害対象となる
2:誰もが自由に出入りできる場所
3:確固たる動機がない

 この3つの用件を満たす事件について「通り魔殺人」と認定しており、動機については「金銭や恨みが動機となる殺人事件と違い、社会への漠然とした不安だけで凶行に走るケースが多い」と指摘している。

 自分の境遇を不特定多数の他者=世間のせいにしている通り魔殺人の加害者は多い。先の加藤の例でも”荒らしや成り済ましに復讐”と検察の言う動機が本当だとすると、なぜ荒らされたか、と自分のこれまでの振る舞いを顧みることなく、他者に恨みをぶつけている。また公判では母親の育て方に責任を転嫁する発言も見られた。周りのいろいろな人に恨みを抱き、自分の不運をそれら全てのせいにしている。色々と不満はあったことは間違いないだろうが、いずれの理由も、警察庁の認定3の通り、これだ、という確固たる動機ではない。

 昨年6月に広島で発生したマツダ本社工場の連続殺傷事件でも、犯人の動機は「解雇されたことに恨みがあったから」「複数の社員から嫌がらせを受けていた」「けりをつけたかった」などと報道されている。複数の要因があったようだがハッキリしない。また捜査本部は、社員からの嫌がらせについて具体的な事実を確認できてはおらず、これは思い込みの可能性もある。

 同じく昨年末に発生した取手駅前通り魔事件についても犯人は「自分の人生を終わりにしたかった」と語っていたという報道があるが、依然として犯行動機ははっきりとしていない。こちらの犯人も期間工として働いていたが、昨年秋に契約更新が行われず事件当時は無職だったという。

 この手の確固とした動機のない通り魔殺人事件の犯人は、”死ぬために事件を起こした”と言うが、気持ちは強くないらしく、マツダの事件については「殺すつもりはなかった」などと既に述べており、秋葉原の事件についても公判では責任能力を争ったりと、往生際は悪い。あくまでも自分の”漠然とした不安”の解消のため不特定多数の者を傷つけたい、というだけである。

 警察庁が”漠然とした不安”と言ってるものは結局、金銭的な状況からくるものが大きいだろう。上記の例いずれの犯人も仕事がない状態か、非正規雇用者だ。「社会実情データ図録」ウェブサイトによれば、非正規雇用者の数は1990年から上昇を続けており、とくに、男女ともに15~24歳の若者の非正規比率が急激に高まっている。非正規雇用は収入が不安定で、将来の見通しが立てづらい。

 犯行の背景にはこのような世情もあるだろうが、これらの犯人は責任を他者に押し付ける傾向があるので”不況だから仕事がない”など、不況さえも犯行の理由にしてしまう。おそらくこれが漠然とした不安の根源だ。

 また、これらの犯人は先の秋葉原の例でも分かる通り”自分の苦労を他者に分からせたい”という漠然とした目的も持っている。なんだかんだで、事件を起こして自分の存在がメディアで大きく取り上げられることを強く意識しており、そこで目的が達成されている感もある。

 不況だとメディアが騒ぎ立てることで加害者は自分の境遇を不況のせいにする。秋葉原の事件発生後、裁判所では、殺害予告をして逮捕起訴される、プチ模倣犯の被告人も急増していた。通り魔逮捕時に事件のことだけでなく、加害者の生い立ちや境遇まで大々的に取り上げるメディアは実は、加害者を大いに満足させており、また次の加害者を増やすひとつの要因となっているのだ。
(文=高橋ユキ)

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