◆さすらいの傍聴人が見た【女のY字路】 特別編4

知っておいて損はない 判例の少ないネットによる名誉毀損について

41ErB2Ylo4L._SS500_.jpg*イメージ画像:『名誉毀損の法律実務 第2版』 著:佃 克彦

 天気の良い休日。昼にのんびり起き出して、何気なくパソコンを起動する。いつものようにネットをチェック。もし、そこにあなたの悪口がびっしり書かれたホームページをいくつも発見したら、どうする?

 気持ちのよい休日が一転、地獄の始まりだ……。

 今回は名誉毀損、中でもまだ判例の少ないネットによる名誉毀損について取り上げることにする。

 名誉毀損罪は刑法第230条。「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」とある。刑法をはじめとする法律用語はおおむね分かりづらく、これも読んだだけではなんのことやら、だ。解説すれば、まず事実とは人の社会的評価を害するに足りるモノであり、内容の真偽は問わない。また、公知の事実であるか非公知の事実であるかということも問わない。

 数年前に傍聴した名誉毀損裁判では、昔の勤め先を解雇されたことに立腹した男が、経営者を中傷するブログを100以上も立ち上げたとして裁かれていた。

 ただ、このように公判請求までされてしまう例はごく稀だ。東京地方検察庁への情報公開で入手した平成21年「被疑事件罪名別月表」によれば、東京地検における名誉毀損の受理数は年間702件。そのうち起訴(公判請求)はたったの6件。略式命令は同じく年間6件、不起訴は71件(理由は不明)。また、これらの数には当然ながらネットの名誉毀損でないものも含まれている。ということで、ネットを用いて他人の名誉を毀損してもなかなか起訴までいかないということが分かる。

 たとえば、あなたが駆け出しのライターをやっていたとする。あなたの記事が気に食わない、と思ったナゾの人物が、あなたに対してのあることないことを、ネット上で匿名で書きまくったとするとしよう。「あいつはネットで殺害予告をしている」「自分のウンコを食べている」「妖怪みたいな顔。地獄に堕ちろ」こんな類いの文言だ。ページ数は100程。著作についての評価であるならば、理解はできる。しかし、これは単なる誹謗だ。動機は色々推測できるも、判然としない。困ったことだ。しかし、これを名誉毀損として事件にしてもらうのは現在のところほとんど不可能。警察には被害届さえ受け取ってもらえないだろう。

 この手の輩は直接攻撃をしてこない。あくまでターゲットの評判を落とすことが楽しいのだ。また、下手に相手をすればもっと喜ぶ。ネット上では何もしないほうがよい。かといって、収まる気配もない。

 誹謗中傷に疲れたあなたが知恵を絞って、警視庁のハイテク犯罪対策総合センターに電話をかけて相談したとする。するとこう言われるだろう。「これは確かにひどいイヤがらせですが、あなたに毀損されるだけの名誉があるかどうかが問題になりますね」。有名人でなければ警察は動かないのである。

「とりあえず所轄の警察署に相談してみて下さい」こうハイテク犯罪対策総合センターの人に促され(いわゆるタライ回しだ)、近所の警察署に行ってみたとしよう。いかにもインターネットに明るくなさそうな刑事が相談に乗ってくれるだろう。あなたが相談した内容を、真剣にノートに書き写してくれている警察官。ノートを覗き込んでみたら”ブログ”を”プログ”と書き間違えている……。プログって何だよ。全然頼りになんないじゃん……。

 そして二カ月返事を待たされた挙げ句、警察に呼び出されて「あなたの件は名誉毀損に当たらないです」と言われて終了だ。

 冒頭に出した名誉毀損の刑事裁判のように、被疑者が逮捕され公判請求までいく例は、本当に稀なのだ。

 ただ、諦めるのはまだ早い。他にも方法はある。

 大手検索サイトを運営する会社に対して、あなたがアタマを悩ませているウェブページを検索結果に表示させないよう申し入れる方法もあるし、民事訴訟を起こす方法もある。ただ、民事訴訟を起こすためには、まず相手方の氏名と住所を特定しなければならない。そして、そのためには匿名の書き込みの発信者が誰かという事を問い合わせる(ブログ運営会社やウェブサービスを提供している企業に対して)必要がある。

 よし。問い合わせてみよう。

 希望を持って書面を送付。だが、そんなあなたには数カ月後にその企業から間違いなく「ユーザー(書き込みをしている人物)のプライバシー保護の必要性から、回答致しかねます」と素っ気ない返事がくる。発信者情報を開示してもらうのは一筋縄ではいかないのだ。あなたの名誉は守られないが、書き込みした人のプライバシーは大事にされるという不条理を味わうことになるだろう。

 ネットというメディアが普及、多機能化して、誰しも気軽に情報を発信できるという世の中になった。しかし、ネット上で守られているのはおおむね発信者の情報と、有名人や企業の名誉だ。中途半端な一般人が真偽不明な情報を匿名の第三者から流され、アタマを悩ませたり迷惑をこうむったとしても、今のところ泣き寝入りするしかない。警察はまだ、思っている程ネットに明るくない。また、何か大きな事件に発展しない限りは、手抜きをする。桶川ストーカー殺人事件が起きて初めて、ストーカー対策に本腰を入れ始めた過去からも分かるだろう。

 この例え話は実話だ。

 筆者は今、地獄の一丁目にいる……。

 その後の流れとしては、企業に対して発信者情報開示請求訴訟を起こし、勝訴して初めて、相手方の住所氏名が分かる。そして改めて、その相手方に対して民事訴訟を行う、という二段構えになるが、まだ、そこまでする元気と財力はない。

 SNSで知り合ったあの人、こないだの飲み会にいたあの人、アナタの周りの誰かが突然怒り狂ってネットに罵詈雑言を書き連ねるかもしれない。このようなことは誰にでも起こりうるし、ウェブがどんどん身近なものになるにつれ、増加していく可能性が高いだろう。
(文=高橋ユキ)

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