
特に生活に困っているわけではないのに万引きしてしまい、窃盗罪で裁かれる被告人には、なぜか女が多い。しかも、繰り返す。彼女もそうだった。
A子(31)は細身の体に黒いスーツ、肩までの髪を後ろで束ね、地味な印象。金がなく保釈されてない被告人が多い簡裁の法廷なのに、保釈されている。彼女はある日のスーパーでペットボトルの水を3本万引きし、また別のスーパーで総菜3点を万引きした罪で逮捕、起訴された。
同じ万引きでの前科が1つ、前歴が4つ。2年前には罰金50万円の判決まで受けている。そんなA子の職業は医師。これはもう完全に「金に困った系」ではなさそうだ。
同居していた両親も同様のことを考えたのか、逮捕を受け、入院していたという。証人出廷した大学教授兼歯科医の父が号泣しながらこう語った。
「娘が大学4年のころ、新宿警察に呼ばれたことで、初めて万引きのことを知りました。医学部に通う女の子は特にストレスがかかる。その後も万引き……。摂食障害もあり、医者に通ったほうがいいと言いましたが、本人、これまで病院へは行かず……。
この事件のころから、まずいと思ってるのは肌で感じてたから、サポートに努力しました……」
彼女も涙ながらに語る。
「今までコミュニケーションギャップが大きく、愛情を感じてないということはないですが、見捨てられるんじゃないかという不安が大きく、そう思う自分が弱く恥ずかしいと思って、相談できずにいました……」
エリートの家庭に生まれ、デキた人間であることが当然だとして育てられるのは、相当キツかったようだ。
「初めは病気と認めたくありませんでした。治療も半信半疑でした。入院前は、万引きだけではなく、食べては吐く行為を繰り返していて、そうして疲れないと寝れなかった……。でも寝れても2時間で目が覚めたりして、また食べては吐いての繰り返し……」
手垢のつきまくった例えだが、万引きや過食は彼女にとってストレスのはけ口だったのだろう。今後は周りにどんどん愚痴を言えるようになれればいいけど……。
退院を経た現在は、家族や恋人に胸のうちを少しずつ語れるようになったという。勤務先も彼女の復帰を待っており、恋人もサポートしてくれているらしい。ホームレスが多い簡易裁判所の窃盗裁判としては、格段に恵まれた環境だ。うっかり驚いてしまった。
でもなんとなく、家族や職場、まわりが一丸となって彼女の更正に努力してくれてることを感じると、また本人のストレスになっちゃうんじゃないか、という心配も……。
期待されないのもつまらないけど、期待されすぎるのも疲れるだろうなぁ。
(文=高橋ユキ)
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