
厚生労働省の郵便不正事件で、無罪判決が下るまでの、元局長、村木厚子氏(54)の苦労は並大抵のものではなかっただろう。「やっていない」ということを証明するのは本当に難しい、と傍聴していて常々感じる。ただこの事件はこれで終わらなかった。証拠品であるフロッピーディスクのデータを改ざんしたとして、大阪地検特捜部の主任検事(43)が証拠隠滅の容疑で逮捕されたのである。検察の組み立てたストーリーに沿うよう、書類の最終更新日時を書き換えたという疑惑が持ち上がっている。
確かに戦後直後には、国家権力が無理くりな捜査を行ったり証拠のでっち上げなどをして被告人を不利な立場に陥れた事件はままあるが、この21世紀に、しかも特捜が……。事実であればビックリを通り越して呆れてしまう。
彼らも馬鹿ではないし、むしろエリートなのだから、そんなことがバレたらどうなるか分かっていただろう。自分たちの保身のためなら無実の被告人の人生がどうなってもいいと思っていたのだろうか。と、書いていて思わず怒り気味になってしまう、現職検察官の呆れた事件だが、実は3年前にもあった。
東京地検刑事部に所属していた元検事(斎藤諭・当時40歳)が、強制わいせつの被害者に無断で告訴を取り下げる書類をねつ造し、有印私文書偽造・同行使などの罪で起訴されたのだ。
裁判は3年前の10月、東京地裁にて行われた。起訴状や冒頭陳述によれば、当時、東京地検で担当していた強制わいせつの事件があったが、春には札幌地検への異動が決まっていた。また、告訴状の受理から半年経過していることもあり「なるべく処理して転勤したい」と考え、被害者に無断で、さも被害者が告訴を取り下げたかのような書類を作成し、事件を片付けてしまったのである。
強制わいせつの加害者をそのまま見逃し、被害者の声を黙殺した責任は重いが、法廷の雰囲気は、他の刑事裁判とちょっと違っていた。
まず情状証人は、斎藤と司法修習生時代の同期だった男性(現在は弁護士)。よく言われる<同期の絆>をいきなり見せつける。
「彼はまじめで曲がったことをする人ではない。他の人の、彼に対する評価も同じ。大変驚いた。
こういうことが起きた以上、ますます私のような人間が支援していかないと……。同期も同じ気持ちです。
最後に、友人として。彼は本来こんなことをする人じゃない。彼を支えていく仲間はたくさんいるんだということを分かってほしい」
情状証人は通常、今後の被告人の更生を具体的にどう手助けしていくのかを述べることが多い。生活の支援だとか、監督だとか、そういったことだ。これが弱いと反対尋問で検察官に突っ込まれるし、刑にも影響する。この証人は「支援」と言うが抽象的だ。が、検察官は突っ込みもしなかった。
続く被告人質問。こちらも普通の流れだと、まず被告人が弁護人からの質問に答え、その後、検察官が揚げ足を取るような質問をして、被告人がいかに悪い奴かをアピールするのだが、これも、いつもと違った。
弁護人も悲しそうな顔で立ち上がり開口一番「この場で君に会うのは残念だ……」と感慨に耽り「学生時代、僕が勉強を見たこともあったね。あんなハツラツとした君が……」と昔を振り返る。どうも担当弁護士も、昔からの知り合いのようだ。
そして検察官からの質問。ここで鋭く切り込むのかと思いきや、
「一言だけ。多くの検察官が悲しく、寂しいと思っていることだけ理解してください」
とほんとに一言だけで終わった。こちらも弁護人と同じく沈痛な面持ちで、もはや質問でもない。なんだかな~。
「こんな大それた事件を起こしたことを考えると、心について勉強をしなおす必要があると思いました。
自分は今まで人の心を見てこなかったので、心の勉強をしたい。心にストレス抱えてる人を助ける仕事がしたいです」
事件を受け、懲戒免職処分となり、職を失った斎藤。今後はどうしていくか、と聞かれ、こう言っていたが、ずいぶんフワッとした話だ。「心」って。これ、普通じゃ具体性がなさすぎるのを理由に、本気の発言じゃないと疑われ、検察官の尋問でガチガチにいじめられるパターンだけど……。
身内だからって、こんな甘い裁判、ナシだろう。他の被告人がこの様子を見たら、きっと怒るんじゃないか? というくらい、差のある裁判だった。
冒頭に書いた特捜検事もおそらく、起訴されれば厳しい処分が待っている。そして身内の優しい裁判が待っている。そこで更生への道のりとして、何を語るのか。注目したい。
(文=高橋ユキ)
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