
「ボクが堕胎させたって言うんですか?」
逮捕前、ニュースでさんざん流れた映像では、こう言っていたが……。
東京慈恵会医科大付属病院(東京都港区)の医師だった小林達之助(36)は、2009年1月、妊娠した交際相手に子宮収縮剤を投与して流産させたとして、今年5月18日、不同意堕胎の疑いで逮捕。珍しい罪名であることも手伝って、7月の初公判には傍聴希望者が列を作った。
で、法廷での小林は苦虫をかみつぶしたような渋い顔で、
「起訴状の通りです……」
罪を認めた。もうウソは通らないと観念したのだろうか……。声も消えそう。情けないのを通り越してちょっと可哀想になってくる。逮捕前は、いかにもモテ系のちょっとチャラい医師といった風貌だったが、法廷ではその面影もなく、ビシッとスーツで決め、髪の毛も短く刈り揃えていた。
この日提出された証拠によると、ざっくりした事件のあらましはこんなかんじだ。
05年、医師として働いていた小林は、出向先の病院で現在の妻と知り合い、交際を始めた。その後慈恵医大に戻り、07年4月、今回の被害者となるAさんを食事に誘い、交際スタート。妻にもAさんにもお互いの存在を隠し、いわゆる二股交際を続けていた。
08年春、Aさんには「結婚したいと思ってる人がいる、って両親に話したんだ」などと、その気にさせるようなことを言いながらも、同時期に別れ話を切り出された妻に対して結婚の意志を固め、8月にはマンションを購入。09年には入籍する予定でいた。
かたや、Aさんがその気になると、「親に10億以上の借金があって結婚できない」と諦めさせようとしていた。しかし一度その気になったAさんの意志は固く、付き合いは継続。そんな折、08年の年末、Aさんから妊娠を告げられる。
「妻との結婚が破談になる」と慌てた小林は、堕ろすようAさんに頼んだが拒否されたため、「認知はするし養育費は払う」と結婚はしない選択肢を告げた。しかし実際問題、彼女が子供を産めば噂が広まり、妻と別れることになってしまう。
ここで小林は、彼女を流産させるための薬を調べ始めた。そして「担当患者に処方する」とウソをつき、子宮収縮作用のある薬を入手。
予定通り、09年の元日、妻との入籍を済ませた直後から、Aさんへ「ビタミン剤だ」などとウソを告げ薬を飲ませたり、点滴を投与したりなどを繰り返し、流産させた。
「妊娠を伝えたら『認知はするがいますぐ結婚は無理』と言われ、『将来一緒になることは約束する』とも言われたので、産むことを決意しました。その後『点滴するから』と病院に呼び出されたり、『点滴にお邪魔してもいいかな』と誘いを受けました。シートの錠剤や粉薬も飲まされました。小林からは薬をちゃんと飲んだかしつこく聞かれ、会う度に、体調に変わりはないかとも聞かれました」
とはAさんの調書。小林の執念が垣間見える。
赤ちゃんに悪いものを飲ませるはずはない、と小林を信じて服用していたAさんの傷は深く、調書の最後にはこうあった。
「あなたの子供なのに、達之助、どうして……! 私はもう、人を信じられません……!」
妻も、調書でこう語る。
「許されることではない。その場しのぎのウソをつき続けた生き方に問題がある。夫にも、弱いからこその優しさがあり、そこが好きでした。でも、今後信じていくのは難しい。どう反省するかを見てから決めたい」
”妻と別れたくない”一心で起こした犯行。さらには世間の耳目に晒され、法廷でうなだれる小林を見ると、完全に道を誤ったな……と、なんとも言えない気分になる。
「人として最大に卑怯だったと思います。ありのままの自分に正直ではなく、逃げて対応していました……。被害者には一生残る傷を残して、申し訳ない……」
被告人質問では相変わらずの小さな声で、謝罪する小林。
弁護人 「被害者に愛情はあったんですか?」
被告 「愛情とまでは言えるか分かりませんが、尊敬はしていました」
弁護人 「被害者に対して、どう思います?」
被告 「人格的な思いは以前と変わっておりません。ましてや、憎いことはありません。……自分は、これまでの生い立ちの中で、正直に、きちんと認めて行動していくことに、欠けていました。むしろ、そういうことに気づかせて頂いたと。被害者にご迷惑をかけないと気づけなかった。慚愧に堪えません」
反省のうえに、感謝まで述べる小林。ここまで流暢だと、逆に違和感がある。
調書によれば「妻との関係があるので、Aさんとは終わらせないと、と思っていたが、周りに言いふらされるのが怖くてずるずると付き合っていた」という。
なんだかなぁ。じゃあ、その気にさせるようなことを言わなきゃよかったのに。尊敬の気持ちも、本当にあったのか? と聞きたくなるような調書だ。ホントに尊敬してたら、騙して流産させようなんて思いつくだろうか?
判決は懲役3年、執行猶予5年。二股の結果、今後の人生までも棒に振ってしまった小林。これからどうやって生きていくのだろう……。
(文=高橋ユキ)
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