
2006年12月28日、居酒屋アルバイト、S子さん(22)の遺体が彼女のアパートで発見された。その翌日に逮捕されたのは、同じバイト仲間の那須野亮(31)。逮捕当時の報道によれば「乱暴目的の計画的犯行」とされている。
被害者の遺体が自室で発見されていることから、加害者が何らかの方法で部屋に入っていることは明らかだったが、被害者が那須野を自室に招いたわけでもなく、帰宅してドアを閉める際に押し込まれたわけでもなかった。
那須野は地元福岡の高校を卒業後、東京の私立大に進学。5年で中退し、公認会計士の勉強をやりつつ、バイトで生計を立て、1人暮らしをしていた。前科もなく、いわゆるフツーの範疇に入る20代だった。一方、被害者のS子さんは、メイクアップアーティストを夢見て上京し、那須野と同じバイト先で働きながら、1人暮らしをしていた。
那須野は同時期にバイトとして入ってきたS子さんに好意を抱き、メールでご飯に誘い始めた。だがS子さんにはその気はなく、誘いを断り続けていた。彼女の高校時代の同級生によれば、事件前にS子さんは「職場の人に誘われて困る。なんて断ればいいかな」と相談しており、かなり悩んでいた様子だったという。
ここまでは、よくある話だ。しかしここから、那須野の行為は徐々に脇道にそれていく。
まずS子さんをバイト先から尾行し、自宅を突き止める。そして事件の10日前には、一緒にバイトに入っていたS子さんのバッグからこっそり鍵を盗み、合鍵を作成し、「付き合える見込みがないから合鍵を使って強姦しよう」と決意。S子さんがバイトから帰宅する前に先回りして合鍵で部屋に侵入し、犯行に至ったのである。
初公判は翌07年に行われた。釣り目に坊主頭、紺色のロンTにやせ型、長身。普通にしていても笑っているように見えるタイプの顔立ち。
ここで那須野は「殺意はなかった」と主張。「ここまでやってしまうと死んでしまうかもしれないが……」という、いわゆる『未必の殺意』もなかったと主張した。
「合鍵を作って部屋に入ったら、強姦したくなった……。そのために必要なものを揃えました。目隠しするためのガムテープ、意識を落とすためのワイン、手を縛るためのヒモ……。ハサミは、目隠ししてるときに頬にあてると、抵抗が弱くなるかと」
検察によれば「かねてより強姦願望があった」という那須野。他にも注射器、浣腸、体操服、チアガールの衣装なども準備。また海外の”首絞め強盗”の記事をインターネットで閲覧し、腕で首を絞めて相手の意識を短時間だけ”落とす”ことを決めた。
当初の計画では、荷物一式を持って部屋に侵入し、帰宅したS子さんを”落とし”て気絶させ、ガムテープで目隠しした後、緊縛。肛門にワインを注入し、酔わせて強姦。体操服や浣腸は、恥ずかしい写真を撮って、口止めするために用意したという。
当たり前だが、そんな計画が滞りなく遂行されるはずはなかった。実際には、
「気づかれてもみ合いになり、手で首を絞めました」
と、両手で首を絞めた。結局、意識が戻るたびにS子さんは抵抗。その度に両手で(時に馬乗りになり)首を絞めた結果、S子さんは死亡してしまった。犯行の一部始終はあまりにひどすぎるため自粛するが、那須野は殺害後、自分の体液が検出されないように被害者の体を洗い、さらなる証拠隠滅のため放火を決意。サラダ油を購入したその直後、警察に逮捕された。
「首を絞めている間、早く意識が落ちてほしいという気持ち、ありました。でも強い力で絞めるのは危険だと思ったので、力を抑えて絞めようと思いました……」
神妙な顔であくまでも「殺すために強く絞めたという訳ではない」というニュアンスの供述を繰り返していたが、これに怒ったのは検察側よりも裁判官だった。
裁判官「首絞めたら人死ぬって、あなた分かるでしょ? あなたヒモでも首絞めてますよね? 力抑えてって言うけど、そこをどうやって上手くやったわけ!?」
那須野「具体的にハッキリしません……」
ところで、一番分からないのは、これまで犯罪とは縁のない生活をしていた男が、ここまでのことを”なぜ”やってしまったのか、というところであるが、
裁判長「なぜ、強姦しようと思ったの?」
那須野「………。家の中を見たあと、仕事に行って、仕事をしてるとき、考えてるとき、やりたいという気持ちになったからです」
裁判長「よく分かんないけど、好意持ってたんだよね? で、誘ってた。結局断られて、そうすっと、アレなんでしょ、付き合いたいだけで、セックスしたいと思ったわけじゃないんでしょ? じゃあなぜ、強姦に飛躍するのか、分かんない」
那須野「……鍵を作った時点で飛躍……。その時点でかなり……考えが変なのあって、その後考えてるとき、容易に結びついた……」
と、合鍵を作ったことから発展したということは分かったものの、ではなぜ合鍵を作ってしまったのか、というところについては、尋ねられることがなかった。
結局、真正面から被害者への謝罪を口にすることもなく、最終陳述では長々「許しを乞う気はない。自分の中で楽になろうとも思わない。まだまだ重圧を感じていかなければいけない……」と、”今後の贖罪のために謝らないことを選択した”そぶりを見せていた。本人にいろいろ考えはあるのかもしれないが、人前で謝るというのはなかなか勇気のいることであり、それができないということは、心のどこかで”自分カワイさ”が勝っている部分もあるのだろう。判決は無期懲役。控訴はしていない。
どうなれば事件にならなかっただろうと考えると、やはり合鍵を作られなければ、という結論になるが、非があるのは100%、那須野であって、S子さんが不注意であったとは思えない。バイト先がちゃんとロッカーに鍵をつけていれば、という話にもなるが、オフィスや職場内での私物管理はユルいことがままある。ここは、自意識過剰だと同性から罵られても、鍵や財布は肌身離さず持ち歩いたほうがよいのかもしれない……。1人暮らしなら、なおさらだ。
(文=高橋ユキ)
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