
「妻子の悪口を言われ、カッとなった」……事件発生当時、犯人の男が語った動機はこうだ。しかし公判では、被害者が悪口を言いたくなる事情がいろいろと明らかになった。
昨年4月、交際していた女性、Rさん(32)の首を、中野区にあるRさんの自宅で絞め、殺害したとして逮捕されたのは桑原武(当時30)。同年12月に行われた初公判では、桑原はビシッとスーツを着込み、坊主頭で登場。さも反省している被告人という風貌だ。
2人の出会いは特殊なものだった。
そもそも鉄筋工として働いていた桑原だが、04年から探偵会社に勤め始めた。会社では、有利な条件で離婚したいという依頼者からの”別れさせ工作”を請け負っていた。依頼者の配偶者に近づき、浮気をさせ、その証拠をカメラなどに収め、依頼者に渡す、という仕事だ。
もともとRさんの夫が自身にとって有利な条件で離婚したいがため、桑原の勤める会社に”別れさせ工作”を依頼。その担当となったのが桑原だったのだ。
当時すでに妻子のいた桑原だが、偽名を使い、独身を装いRさんに接触。道を尋ねるフリをして声をかけ、誘惑し、別の工作員にその現場を撮影させた。結果、元夫の希望通り、2人は離婚。
これで全てが終わればまだ良かったのだが、なんと、Rさんと桑原は本当に付き合い始めてしまったのである。「対象者と付き合ったというのは、桑原以外には聞いたことがない」と調書で語るのは、当時桑原が勤めていた探偵会社の社長。プロ意識のなさもさることながら(そもそも別れさせ工作自体が疑問だが)桑原には妻子もいるのに、相変わらずそれを隠し、偽名を使い続け、付き合いを続けたのだから、考えナシもいいところだ。いつかバレるとは思わなかったのだろうか。
その後、Rさんとその娘の住んでいるアパートで同棲を始めた桑原だったが、実はこの時期、妻との間には第三子もできている。
ところでこの桑原、本来依頼者が会社に支払わなければならない成功報酬を、桑原個人の口座に振り込ませる手口で、多額の金をだまし取っていた。それが会社に発覚し、解雇。さらには数百万円の支払い義務も発生している。
さすがにここまできたところで、Rさんに対して、全てがバレてしまった。偽名を使っていたこと、妻子がいること、会社の金を不正にだまし取ったこと、そして、そもそも元夫の依頼した”別れさせ工作”によって2人が出会ったこと……。
桑原はRさんと付き合いを続けたいと、妻に離婚を申し入れるが、当然ながら、養育費と多額の慰謝料の支払いを求められてしまう。そしてRさんも、桑原への不信感を増大させ、妻や会社への今後の支払いのことを思い将来に不安を抱いたという。
そして、ついにRさんから別れ話を切り出され、「見捨てられた」と思い犯行に及んだ……。
というのが公判の証拠で明らかになった事件の流れである。
被告人質問でも殺害に至るきっかけについて、泣きながら「自分の心を制御できなかった……。いろんなことがあって、精神的に冷静さを保てなかった。飲酒の影響もあった。自分が責められてる中で、感情を抑えられなかったことが原因だと思います」と語った。
「いろいろって何? きっかけは?」と問いただした弁護士に対し、さらに泣きながらこう述べる。
「(犯行)直前にRから、『離婚できなきゃ実家に帰って。ブサイクな嫁とバカな子と一緒にいればいいじゃん。私も新しい男を作るから』って言われて……」
直前に2人で飲酒して自制心がきかなくなっていたことと、Rさんが自暴自棄になって告げた一言に激昂した、というのが原因だと言いたいらしい。
「平気でそんなこと言うなんて……この口を塞いで何も言えなくしてやろうと……」
桑原はまずRさんを殴りつけ、横にしてから首を力一杯絞めた後、さらに近くにあったビニール紐を持ってきて再度首を絞め、息の根を止めた。
「Rさんの尊い命と笑顔を奪い、大変申し訳ない……」と相変わらず泣きながら述べ、最後には「待って下さい!……ご遺族の皆さん、ほんとうに申し訳ありませんでした」と法廷で遺族に向かって土下座。傍目には反省してるかのように見えるが、Rさんの母の調書にはこうある。
「2人の付き合いを知ってから会ったことがあります。月70万円の給料があり、ボーナスが100万以上と聞いていました。正直、あまり信用できないと感じていました。その後、偽名を使っていたことや、別れさせ屋として関わっていたことを知りました。
娘から電話があり『彼が横領してクビになった』と聞かされ、『彼はとりあえず600万円必要だと言ってる……』と言われたので、援助を求めてきたと思い、『ふざけないで。今後一切その男の話はしないで』と電話を切りました。これまで散々娘をダマしてきた上に、命を奪った桑原を許せない」
またRさんの友人は調書で、当時の彼女の様子をこう述べている。
「3月下旬『彼は結婚してた。下の子ができたとき、私と付き合ってた。ゴハンを食べられず、お酒ばかり飲んでるの。もう死にたい』と電話で泣きながら言ってました」
ところで桑原が語る殺害のきっかけだが、果たしてその一言だけでそこまで激高するものだろうか。被害者参加人の意見陳述では、母親の調書と同じような意見が出ている。
「直前に金銭的なやり取りをしているのではないかと考えています。探偵会社への支払いについて2人の間で話題にならないはずはありません。
娘の死亡後に自宅を片付けていたら、小物入れの奥から60万円の腕時計が出てきた。そしておもちゃ箱に入れられたパジャマの中に13万が隠されていた。3段ケースの封筒の中からも5万円見つかっている。Rが桑原から金品を遠ざけるために隠していたようにも見えます」
殺害に至るまでのやり取りについて、桑原の話によれば、金銭の話は出ていない。しかし、Rさんの両親の指摘通り、この状況で話が出ないのは、むしろ不自然だろう。小分けにして隠されていた金品は何を意味するのか。長年偽名を使い、会社、妻と子ども、そしてRさんを騙し続けていた桑原。殺害の経緯についても何か隠している事があるような気がしてならないが……。
愛して結婚した夫に最悪の形で裏切られたどころか、新しい男も”別れさせ工作”での出会い。その男にも長年ウソをつかれ続け、最後には殺されてしまったRさん。本人には落ち度がないだけに、気の毒すぎる話である。妻子の悪口を言ったのも、すぐに相手を嫌いになれない女ならではの複雑な心情からだろう。スネた女がよく言うセリフだ。それだけで殺されるなんてたまらない。そもそも、別れさせ工作なんてものに手を出した元夫が、いちばんの元凶では?
そう思っていたところ、Rさんの遺族が、この元夫と、例の探偵会社を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こした。また、桑原にも「損害賠償命令制度」に基づき、遺族側に約4千万円の支払いが命じられている。女を甘く見すぎた男たちにバチがあたったようだ。
(文=高橋ユキ)
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