セックス体験談|ライブのあと、広島の夜、彼氏のいる女と…#1

隔たりセックスコラム連載「ライブのあと、広島の夜、彼氏のいる女と…#1」

隔たり…「メンズサイゾーエロ体験談」の人気投稿者。マッチングアプリ等を利用した本気の恋愛体験を通して、男と女の性と愛について深くえぐりながら自らも傷ついていく姿をさらけ出す。現在、メンズサイゾーにセックスコラムを寄稿中。ペンネーム「隔たり」は敬愛するMr.Childrenのナンバーより。


※イメージ画像:Getty Imagesより

「私…彼氏いるの」

 

 ラブホテルのベッドの上。同じ布団の中にくるまっている女性が、僕に背を向けながらそう言った。

 

「彼氏いるの…」

 

 僕は彼女の背中に触れていた手を離す。熱くなっていた体が、離れる手のスピードに合わせるように、急に冷めていった。

 初めて来た街の見知らぬラブホテル。昨日まで東京で過ごしていた日常とかけ離れた、非日常的な空間。

 僕は女性の後頭部を見つめる。部屋の電気は消えているが、つむじからぴょんぴょんと髪の毛が跳ねているのがわかった。

 僕は離した手をゆっくりと伸ばし、指先でその毛に触れる。だが、彼女は気づかない。

 背を向けているこの女性とは今日出会ったばかりだが、意気投合してラブホテルに来たはずだった。体を重ね合わせることはほぼ確実。そう思っていたのに。

 なぜホテルに入る前に「彼氏がいる」と言ってくれなかったのだろうか。もし先に言ってくれていたら、ラブホテルになんか来なかったのに。かっこつけで奢ったホテル代のことを思うと腹立たしくもなるが、そんな自分の器の小ささに嫌気がさす。

 もうどんな言葉をかけても彼女の気持ちは揺るがないということが、背中から伝わってくる。

 そんな揺るがない気持ちを壊してまで、この女性とセックスする意味はあるのか。いや、意味などないだろう。そう諦めてしまえば、胸の中の苛立ちは簡単に消える。

 

「そっか、ごめんね。そしたら寝ようか」

 

 そう優しく声をかける自分。ラブホテルに誘っておいて、一緒のベッドにも入ってなお、紳士ぶってしまう自分も嫌だった。もっと欲望を出せよ、と心の中で毒づく自分もいる。

 だが、いつだって自分の欲望よりも、女性に良く思われたいという気持ちの方が優ってしまう。手を出そうとした時点ですでに良く思われてないということを分かりながらも、優しい自分でありたいと願ってしまう。

 

「うん。おやすみなさい」

 

 彼女はそう言うと、ダンゴムシのように体を丸ませた。自分の体を守るようなその体勢は、僕が触れた瞬間に弾け飛んでしまう爆弾のようにも思えた。「拒絶」が伝わってくる。僕は彼女の方を向いていた体を開き、天井を向いた。天井にあるシミが目に入って、なぜだか早くここから帰りたいと思った。

 しかし、帰りたいと思ってもすでに終電はない。終電がないからこそ、このホテルに来れたのだが。

 セックスができると期待していた少し前までは終電を逃してよかったと思っていたのに、今では終電を逃してしまったことを後悔している。人は結果次第で過程の意味合いが変わってしまうのだなと、そのシミを眺めながら思った。

 ああ、あの人がこの街に居てくれたらな。

 目をつぶり、ひとりの女性を思い浮かべる。あなたに会いたかったけど会えなかったから、僕は違う女性とホテルに来てしまいました。そんなことを心の中でつぶやきながら、隣に女性がいるという事実から目をそらしながら、僕は眠りについた。

 知らない街に着くと、冒険家のような気分なってわくわくする。慣れきった日常からの解放に、胸が高鳴るのだ。

 まだ太陽の高い8月。社会人になって2年目の僕は、ひとりで広島に来ていた。好きな歌手のライブがあったからだ。

 広島駅の改札を出ると、ちらほらとライブのTシャツを着た人たちを見かけた。あの人たちもライブに行くのだろう。それ以外にその人たちの情報は何も知らないが、同じ歌手が好きというだけで親近感が湧いてくる。

 駅の近くにあるラーメン屋で食事を済まし、ライブ会場に向かうために電車に乗った。今回のライブ会場へ行くには、広島駅から電車とバスを乗り継いで行かなければならない。

 電車の中にも同じライブに行くであろう人が何人もいた。知り合いでもなんでもないのに、同じ歌手が好きという共通項を持った人が近くにいるだけでわくわくする。さらに仲間意識なんてものも芽生えてくる。

 僕はライブ前のこの感覚が好きだ。ライブに行くという目的があるだけで、その街もそこにいる人も、みんな味方に思えてくる。共通点が生まれたからだろう。海外で日本人に会ったら仲間意識を感じるように、同じ歌手が好きだということは無意識に心を繋げてくれる。

 右斜め前の座席に座っている女性も、ライブのTシャツを着ていた。あの人もライブに行くのだろう。

 女性はライブのTシャツにショートパンツという格好だった。生足がむき出しになっていて、その足の細い美しいラインに僕は思わず目を奪われてしまった。

 どんな顔をしているのだろうかと好奇心で視線を上げると、その女性は首にタオルを巻きキャップ帽を被っていた。口元と鼻筋しか見えず、顔の表情全体はわからなかった。おそらく20代中盤から後半くらいの年齢だろうと推測する。女性は汗を拭うために、何度もタオルで顔を拭っていた。顔が隠れるから、余計に顔が気になってしまう。

 目的の駅に着いた。女性が顔を上げたので、僕は慌てて目をそらす。女性が立ち上がったのに気づき、僕も慌てて立ち上がった。女性の顔が気になってしまい、降りる駅に着いたと気づかなかった。

 バスに乗ってライブ会場に向かう。バスの中にいる人は、ほとんどがライブ参加者だった。

 隣の人たちの話が耳に入ってくる。好きな曲の話をしていたので、僕は彼らの話に耳を澄まして聞いていた。楽しそうな話し声を聞いて、羨ましいなと思う。話に入りたいけれど、そんな勇気は出ない。

 それにしても不思議な空間だ。このバスの中にいるほとんどの人が同じ歌手を好きでいる。なのに、ひとりで携帯を見ていたり、黙って立っている人が多い。僕もそのひとりなのだが。

 家族や友達と来ていると思われる人たちは、このバスの中にはさほど多くなかった。ほとんどがひとりで来ている人のように思えた。その人たちは現地で友達とかと待ち合わせしているのかもしれないが、多くの人がライブへの興奮を隠したまま無言でいるというこの空間が不思議だった。

 みんな僕のように心の中ではライブの話をしたいと思ってるのではないか。そう思えば勇気を持って誰かに話しかけられそうだが、それはさすがにナンパみたいで緊張する。

 そのバスの中には、さっき電車が一緒だったキャップ帽の女性もいた。彼女は座席に腰掛け、ぼんやり窓の外を眺めている。耳から顎までのカーブがなめらかで、キャップのつばが作る影と交わっていた。

 彼女はどこから来たのだろうか。僕と同じように、ひとりでライブに来たのだろうか。

 僕は少し彼女のことが気になっていた。電車で見た生足のせいか、見えそうで見えない顔のせいか、それとも単純に同じファンという仲間意識なのか、理由はわからない。ただ、彼女からはどこか儚げさが滲み出ていて、それが僕の気を引いているのではないかとも思う。

 そこに存在しているのにどこか遠くにいるような、肉体はここにあるのに精神は遠い別の世界にあるような、そんな儚さを横顔から感じる。

 同じ電車に乗って、今は同じバスに乗っている。そして同じ場所に向かい、同じ歌手を愛している彼女。僕と彼女にはこれだけの共通点がある。話したい。だが、きっかけがない。きっかけさえあれば。

 そんなことを考えている間に、目的のバス停に到着した。最後はもうほとんど彼女のことばかり考えていた。

 ライブ会場はバス停から歩いて15分くらいのところにあった。バスを降りた人たちの流れに続いて歩いていく。

 キャップ帽の女性は、僕より少し先を歩いていた。なので、僕の視界の中にはずっと彼女がいる。僕は彼女を見失わないように、ライブ会場に向かう流れに身をまかせる。

 坂を登りきり、公園のような緑に囲まれている道を抜けると、スタジアムが見えた。それは緑をかき分けるようにして、宙に浮いているのかのように存在していた。真上にある空がものすごく青い。快晴、という表現がふさわしいような天気だ。スタジアムが見えた瞬間、僕はキャップ帽の女性のことなど忘れ、ただその壮大さに見惚れていた。

 

「わあ~すごい」

「ここでやるんだね~」

「楽しみだね~」

 

 人の流れの中から、ちらほらとそんな声が聞こえる。その声に僕は心の中で「うんうん」と頷いた。

 大きなスタジアムの横の道を、スタジアムを眺めながらゆっくりと歩いていく。今日はここで大好きな歌手に会えるんだ。そう思うと、徐々に気分が高揚してきた。セットリストはどんな感じなのだろう。どの曲が聴けるのだろうか。妄想しながら歩いていると、スタジアムの中から微かに音楽が聞こえた。

 

「あ」

 

 僕が聞いたのはリハーサルの音だ。スタジアムだから、天井はない。そこから音が漏れているのだろう。

 思わず、そのメロディに耳を澄ましてしまう。

 

「あ、あの曲だ」

 

 僕は思わずそう呟く。その曲は、僕がライブで一度も聞いたことのない曲だった。そして、この曲をライブでやるなんて想像していなかった曲だった。

 

「マジか…この曲歌うんだ」

「びっくりですよね」

 

 突然聞こえた女性の声に驚き、「えっ」とそちらの方を振り向く。そこにはキャップ帽をかぶったあの女性がいた。どうやら僕は、気づかぬうちに彼女の近くを歩いていたらしい。

 唐突に降ってきた奇跡的なきっかけに僕は焦る。あれほど話したいと願っていても、いざ話すとなると緊張して言葉がうまく出てこない。

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