【風俗ちょっといい話】大阪・某風俗店の風物詩…募金箱

0624bokinbako_fla.jpg※イメージ画像:Thinkstockより

 大阪の某派遣型風俗店には、この季節ならではの“風物詩”がある。それは、『募金箱』である。この季節に募金箱というと、黄色いTシャツを着て24時間頑張っている人が出るテレビ番組を思い浮かべるが、もちろん違う。そして、その募金箱の隣には、“もしも余ったものがあるなら”と前置きが書かれた『お菓子箱』も設置されている。

 
「今年もマミちゃんが“置かせてください”って来てさぁ(ニッコリ)」

 
 と、笑顔で教えてくれたのは店長である。そして、“マミちゃん”とは、4年前までその店で働いていた人気のあったM女である。

 人気の理由は、彼女がNG無しだったこと。つまり、カラダに傷が残るハードなプレイもOKで、一部の客の間で『何でも受け入れるオンナ』として有名だった。

 通常は、たとえSMでのプレイでも、M女さんのカラダに傷がつく激しい鞭打ちや肉に食い込むほど強い緊縛行為は厳禁である。しかし、S度数の強い客は、それをやってみたいもの。その結果、マミさんは指名が多かったものの、いつもカラダは傷だらけだった。そして、一部の同僚からは「金さえ払えば、何でもするマゾ女」と陰口を叩かれたりもしていた。

 しかし、彼女自身はドMだと自認していて、傷がついてしまったらしまったで、それが快感と思えていたのだとか。そして、お金がもらえるなら…と思ってしまうとも。というのも、彼女は関西のある地域にある何らかの事情で親と暮らせない子供たちのための児童養護施設育ちだった。つまり、その施設に寄付をしたり、後輩たちに物を買うために風俗の道へと進んだのだ。

 
「店によっては寮があるので、住むところに困りませんし…」(マミさん談)

 
 それが理由だが、もちろん施設の子供たちや職員は、マミさんが風俗で働いていることは知らないという。しかし、世の中はネット時代である。それゆえに…。

 マミさんが育った施設は、18歳になると退去させられる。つまり独立しなくてはいけない。でもそれは、ある意味で自由になれるワケでもあり、中にはパソコンを手に入れて、情報も手に入れる施設出身者も出てくる。

 そんなある日、マミさんのもとに2歳年下の施設の後輩の男性が現れた。

 その後輩は、ネットで彼女がM女をしていることを知ったのだった。