【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第46回】

グループアイドル全盛時代の“いずこねこ”というソロアイドルの「謎」

izukoneko0212.jpg※イメージ画像:いずこねこ「ROOM EP」/silencio sounds

 これだけ「甘味」のないアイドルのCDというのも異例だ。そもそもジャケットにいずこねこ本人がいない。この連載も50回近くやってきたが、こうした事例はamUとSaori@destinyしかなかった。ではどこにいずこねこの写真があるのか? 歌詞カードにもないし、CDの盤面にもない。CDをトレイから外すと、やっとその下にいずこねこがいるという仕様だ。

 いずこねこは大阪の茉里によるソロ・ユニット。2012年の年間ベスト10(https://www.menscyzo.com/2012/12/post_5168.html)で、私はタワーレコード限定流通盤だったファースト・アルバム「最後の猫工場」を5位に挙げた。ところが、初の全国流通盤である「ROOM EP」はさらに異端へと振りきった作品になっているのだ。

 冒頭の「END」から容赦なく繰り出される変拍子、「にゃんにゃん!」という萌え声(死語だ)、そしてまだ高校生の茉里にしては大人びた歌声。そう、2012年5月27日に初めていずこねこのライヴを見たときに驚いたのは、その生歌の歌唱力の高さと、ヲタを煽るパフォーマンスの巧みさだった。そうした歌とサウンドの大人っぽさと、随所に挿入される声やラップの子供っぽさが「END」を混沌とした楽曲にしている。いわば、普通同居しないはずの要素が同居しているのだ。相当におかしい。

 「ROOM EP」を聴いたカーネーションの直枝政広は「曲粒ぞろい。プログレでポップでね」(https://twitter.com/carnation_web/status/294911396011991040)とTwitterに書いていたが、これはごく短い字数で本作の核心を表現している。これまでよりエレクトロニカ色は後退し、「END」「motel」もアヴァンポップのようなサウンドになっているからだ。

 歌詞の世界も独特なのだが、「straight」の「突き刺さる絶望 / 屋上眺めてた / さよならも言えず / 黒猫抱いていた」という冒頭も強烈だ。こんなアイドルの歌詞を読んだことがない。そして、この歌詞を読んで初めてジャケットの黒猫のイラストの意味を理解した気分にもなる。いや、だとしても思いきりが良すぎるのだが……。「straight」では、アコースティック・ギターの大胆な使い方も鮮やかだ。そしてこの3曲目になると、歌にもサウンドにも甘味がまったくない。これほどシリアスな楽曲も、茉里の歌唱力があるからこそ成立するのだろう。

 「ROOM EP」には前述の新曲3曲に加え、Marginal Rec.のDJ USYNとakinyanによるエレクトロなリミックスが2トラック収録されている。この2トラックはMarginal Rec.のSoundCloud(https://soundcloud.com/marginal-rec/remix-usyn-akinyan-electro)で試聴可能だ。

 いずこねこは、グループアイドル全盛の時代にソロアイドルとして珍しいほど人気を集めている存在だ。2012年11月10日に新宿MARZを満員にしたファーストワンマンライヴの異様な熱気も思い出される。そして、基本的にいずこねこは茉里と、作詞・作曲・編曲・プロデュースを担当するサクライケンタというふたりの気配しかないのに、「ROOM EP」はオリコンのデイリーランキングで43位を記録してしまった。プロジェクトの規模を考えると、東京でのライヴの集客力といい、セールスといい、どこか不可思議なほどだ。極めてシンプルなプロジェクトであるはずなのに、謎があるかのようにすら感じてしまうのだ。

 ジャケットを見て何かを感じるようなアヴァンポップ好きなら聴いて損はしない。「ROOM EP」はアイドルのCDとして機能しつつも、そういう推薦もできてしまう不思議な作品だ。

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