【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第43回】

女の子ふたりがドラムを叩き狂ってアイドル!? 「バンドじゃないもん!」

bandjanaimon1018.jpg※イメージ画像:『バンドじゃないもん!』ワーナーミュージック・ジャパン

 バンドじゃないもん!のライヴを初めて見た2011年5月7日、私は会場の最前列でとにかく焦っていた。対バンであるでんぱ組inc.のヲタの紳士たちが最前列を譲ってくれたというのに、バンドじゃないもん!を最前列まで見に来たのは、自分を含めても5人。「もっと来てもいいですよ?」と気を遣ってもらったのだが、スペースを余らしてしまったのだ。仕方ないので、周囲のでんぱ組inc.のヲタの皆さんに「MIX打ってもケチャしても何してもいいんで!」と加勢をお願いする始末だった。あの日ほどでんぱ組inc.のヲタの皆さんの優しさが身にしみた日はない。

 そして私は、その日初めて会場である原宿アストロホールの柵をくぐって0列に突入した。撮影クルーに「邪魔だ」と身ぶり手ぶりで示されたので、ケチャポイントの終了とともに退却したが、一時期YouTubeにアップロードされていたそのときの「歌うMUSIC」の動画がすでに消えていることにも時の流れを感じる。

 バンドじゃないもん!は、神聖かまってちゃんのドラムの「みさこ」と、女優でもある「かっちゃん」こと金子沙織からなるツイン・ドラム・ユニットである。しかし前述のライヴより前、2011年初頭の活動当初には、「あらかじめ決められた恋人たちへ」のメンバーであり神聖かまってちゃんのマネージャーである劔樹人と、アイドリング!!!などの作曲家として本連載ではおなじみのミナミトモヤもメンバーとして参加していた。ところが、原宿アストロホールのライヴではステージにいきなり2台のドラムしかなく、みさことかっちゃんだけが登場する不思議なユニットへと変貌していた。現在は「ツインドラムあいどる」と銘打たれているバンドじゃないもん!だが、その頃は衣装こそ可愛らしかったものの「アイドル」という雰囲気でもなかった。なんだかわからない存在だったのだ。

 バンドじゃないし、かといって純粋なアイドルでもない不思議なふたりを追って、以降私は様々なアウェイの現場を経験することになる。そう、おおむね戦地のようにアウェイだった。東京女子流やBiSのようなアイドルとの対バンは、周囲のヲタが乗ってくれるのでまだ楽だ。2012年5月15日の「SRサイタマノラッパー」のイベントではヒップホップ系の人々の「どう受け止めたらいいのかわからない」という空気を感じたり、2012年9月1日の南波志帆主催のイベントでは隣の人に耳を塞がれるという態度を取られたりと、いくつもの厳しい現場を少数のファン仲間たちと私は乗り切ってきた。

 そんなバンドじゃないもん!が明確に「アイドル」と定義づけられたのは「TOKYO IDOL FESTIVAL 2012」からだろう。なにしろアイドルのフェスに出演したのだから疑いようがない。何かが違うような気もするが、本人たちがアイドルと言うのだからこの連載でも取り上げることができる。

 とはいえ本気でアイドル路線でいくのか……という私の戸惑いを一気に吹き飛ばしたのが、「パヒパヒ」のビデオ・クリップだった。いきなりふたりが13歳の女子中学生役なのだ。ファンはみさこの27歳の生誕祭の準備をしている最中だったのに! さらに、戦隊ヒーローものやら百合やらと様々なネタが詰め込まれ、海岸になぜかドラムが設置されているなど馬鹿馬鹿しい要素も山盛りなのだが、その反動でふたりが「13歳のままでいて!」と泣き叫びながらドラムを叩き狂うシーンが胸に迫る。ドラマティック、というかドラマそのものだ。

 

 
 この「パヒパヒ」は、ももいろクローバーZの作家として時の人となった感のある前山田健一がアレンジを担当。さらにアレンジャーに透明サウンズ(loco2kit & Konnie Aoki)、Maltine Recordsの芳川よしの、SHAKKAZOMBIEのTSUTCHIEという意表を突くメンツを揃えてきた。しかもCDのオープニングは、ふたりのたわいもない会話が収録されているという、いまどきのアイドルでは逆にない構成。CDケースの裏ジャケットの1970年代感も唐突だ。この人たちらしい。

 「キテレツ大百科」で使われていた内田順子の「ボディーだけレディー」のカヴァー以外はすべてミナミトモヤ作曲。その中でも彼が作詞作曲編曲を手掛けた「歌うMUSIC」はラップを多用した楽曲で、圧倒的なポジティヴさに満ちながらも押しつけがましくない名曲だ。イントロから感動的な作品であり、バンドじゃないもん!の存在意義を歌い上げているかのようだ。これを初めて聴いて、ケチャポイントで0列に突入するなというほうが無理だ。

 また「Back in you」は、芳川よしのの手によって素晴らしく甘いポップスに仕上げられている。ふたりのウィスパーヴォイスによる歌は、ドラムを叩きながら歌い踊っているふだんの姿からは想像できなかったものだ。そして、しっかりドラムを絡めているかっちゃんによる歌詞も洒落ている。

 

 
 「Back in you」で重要なのは、「アイドルと自称しているが何か違う気がする存在」だからこそ生み出せたアイドルポップスだという点だ。バンドじゃないもん!は、ライヴでいつもコントというか小芝居をするのがお約束だし、そもそも編成からして特殊なのだが、だからこそ奇妙な磁場を発生させていて、「歌うMUSIC」や「Back in you」のような名曲が生み出されている。ミニ・アルバム「バンドじゃないもん!」に収録されているのは、アイドルをベースにした複数の文脈の混交から産み落とされた作品たち。いわば乱調の美だ。

 みさこは神聖かまってちゃんのメンバーであり、初めて取材で“の子”以外のメンバーに会った2010年の末、彼らがあまりにも疲労感を隠さないので、そのまま誌面に載せたことを思い出す。しかし、その後に始まったバンドじゃないもん!ではみさこは常に楽しそうであり、だからこそ私がバンドじゃないもん!を追ってきた部分も否定できない。彼女にとって独自のテリトリーであるバンドじゃないもん!だからこそ、私もまたそれに対応して現場では糞ヲタであるように心掛けてきた。

 CDデビューにあたって、テレビにも次々出演する強烈なメディア攻勢には度肝を抜かれたし、こういう状況になった以上は商業的な問題も絡んでくるとは思うが、バンドじゃないもん!が良い意味での「遊び場」であり続けてほしいと願わずにはいられない。ライヴ後に出待ちをしていたら、みさこのほうから「握手していいですか?」と言ってくれたことを思い出して、胸に甘酸っぱいものが溢れだす。もう少しだけ、あと少しだけ、糞ヲタのままでいさせてほしいのだ。

◆【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて】バックナンバー
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