【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第23回】

「アイドル戦国時代」終了!! 板野友美『Dear J』を16万枚売り上げるAKB48リリースラッシュの裏側

itano0130.jpg※画像は『Dear J』キングレコードより

 「『アイドル戦国時代』という言葉への抵抗のため、私は政治亡命を希望した。しかし、地下アイドル社会主義は次々と崩壊し、もはや受け入れてくれる国はどこにもなかった。私は出国を諦め下獄するしかなかった。細い月明かりが差す牢獄で私は考え続けた。『ともちん(板野友美)キメキメだよぉ』。翌朝、看守と教誨師がともにやってきた。最後の朝だ」

 毎夜そんな悪夢を見る。「アイドル戦国時代」なんて言葉を聞かずにすむ国へ逃げたい……。そもそも、この連載のためにアイドルの新譜発売スケジュールをチェックしてみると、メジャー流通に限れば1月と2月は大半がAKB48関連とハロー!プロジェクト関連だ。

 しかし、この春にはインディーズで活動していたアイドルたちのメジャー・デビューが控えている。Tomato n’ Pineは「旅立ちトランスファー」で3月9日にソニーレコードから、ぱすぽ☆は「少女飛行」で4月6日にユニバーサルJから、Starmarieは「涙のパン工場コンセル・カマタ」で4月27日にユニバーサルミュージックからメジャー・デビューすることが決定している。詳細は発表されていないが、ももいろクローバーを抱えるスターダストプロモーション芸能3部に所属するmomo(momonakiの川上桃子)も「大好きだよ」でメジャー・デビューする予定だ。アイドルの枠ではあまり語られないが、EXILEの事務所であるLDHに所属するHappinessが2月9日に「Kiss Me」でユニバーサル・シグマからデビューすることにも注目したい。一方で、人知れずメジャーとの契約が終了したアイドルもいることだろう。

 そういう意味では、「アイドル戦国時代」の成否はすでに出たのだ。「アイドル戦国時代」は終わった。「アイドル戦国時代」is dead。サエキけんぞうプロデュースの『W100 LIVEアイドル』(シンコーミュージック・エンタテイメント)などのムック本、岡島紳士+岡田康宏『グループアイドル進化論~「アイドル戦国時代」がやってきた!』(毎日コミュニケーションズ)、太田省一『アイドル進化論 南沙織から初音ミク、AKB48まで』(筑摩書房)といった書籍も出揃った現時点をもって、すでにひとつの段階が終了し、次のフェーズに突入している、と見るのが正しいだろう。

 そんな状況下、AKB48のリリース攻勢が年始からとんでもないことになっている。1月1日にノースリーブス『ノースリーブス』(エピック・レコード・ジャパン)、1月19日にフレンチ・キス「if」(エイベックス・エンタテインメント)、1月26日に板野友美「Dear J」(キングレコード)、2月2日に渡り廊下走り隊7「バレンタイン・キッス」(ポニーキャニオン)、2月16日にAKB48「桜の木になろう」(キングレコード)と、もはやほぼ週刊ペースである。子どもたちのお年玉を全部使わせる勢いだ。

 「ともちん」こと板野友美の「Dear J」は、「AKBから初のソロデビュー」とメディアに紹介されているが、大堀めしべ(大堀恵)が2008年にリリースした「甘い股関節」(Vap)は企画物だからなかったことになっているのだろうか。とにかくコンビニへ行けば雑誌の表紙は板野友美だらけ、駅には巨大なポスターが貼られている。ブログやTwitterにとどまらず、Facebookにも公式ファンページが開設されるなど、怒涛のプロモーションだ。その結果、1位をこそ再始動した東方神起に奪われたものの、16万枚以上を売り上げてオリコン週間シングルランキングで2位をマークした。

 「Dear J」は、奇を衒わないストレートなR&Bテイストの楽曲だ。作曲はソロ・シンガーとしても活動するKeyzと、遊助などを手掛けてきたCarlos K.の共作で、編曲は東方神起やリア・ディゾンを手掛けてきたcorin.。ヴィジュアルは安室奈美恵的だが、サウンドには彼女のようなヒップホップ色がなく、キーボードの音色感覚には同じエイベックスでも浜崎あゆみを連想させる。このふたりは、板野友美が尊敬する人物として挙げており、その中間点にうまく着地しているとも解釈できる。ヴォーカルはオートチューンによる補正があまり感じられず、つたなさも含めて等身大なのが良い。

 4種類発売されているうち、Type-Aに収録されているカップリングの「TUNNEL」は、作編曲がGIRL NEXT DOORの鈴木大輔。肩の力が抜けていて「Dear J」よりもポップだ。

 そして、DVDにはもちろんビデオ・クリップが収録されている。「キメキメのともちんが見られる……!」という期待に違わず、ゴージャスなセットをバックにダンサーを従えて歌い踊る板野友美。爆発や炎上までしているなど、とにかく派手だ。ここでの板野友美は、なんだかレディー・ガガと沢尻エリカの中間点に降り立っている感がある。Type-Aに収録されている「Tomomi Itano Collection -Special Movie-」で、ファッションショーのモデルのように様々な衣装を着ているので余計そう感じるのだろう。キメキメだよ、ともちん!

 総じて言うと、キングレコードなのにエイベックスっぽい。板野友美が河西智美と「Queen & Elizabeth」としてエイベックスから「Love Wars」を2010年にリリースしたときよりもエイベックス感があるのだが、あのときは『仮面ライダーW』とのコラボレーションで仮面ライダーが一緒にいたからなぁ……。板野友美を「エイベックス的なるもの」のアイコンとして女性にも受ける仕様にし、アイドルの枠外でも戦える仕様にしたシングルが「Dear J」だ。1年前には、ドラマ『マジすか学園』(テレビ東京系)で「シブヤ」としてギャル系のキャラクターを演じていたが、その路線がしっかり踏襲されている。

 さらに言うなら、作詞こそ秋元康で一貫されているが、作曲と編曲に関してはコンペで楽曲を選ぶAKB48関連の作品の面白さも感じさせる。この一連のAKB48関連作品のリリース・ラッシュを支えるのは、作曲家と編曲家が固定されていないことの強みだろう。

 多種多様であることは、そのぶんバックボーンの太さも必要とする。春からのアイドル・シーンは、そうした意味で資本の消耗戦になるであろう。そのとき、アイドルたちは地下アイドルへの後退戦が許されるのか、その土壌はいかばかり残されているのか、そして私はこのまま煽り屋どもに取り囲まれて敗北死するのか……。暑いか寒いかに関わらず、きっと今年は厳しい夏が訪れる。

youtube horiprochannel より

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