『KAGEROU』 著：齋藤智裕／ポプラ社刊 かねてから話題になっていた水嶋ヒロ（筆名は本名の齋藤智裕）の処女作『KAGEROU』（ポプラ社刊）が、15日ついに発売された。執筆活動に専念すると言って芸能界を引退した直後に、5年間受賞作なしだったポプラ社大賞を受賞。しかも賞金2,000万円の受け取りを辞退したことでゴーストライター疑惑が噴出したことは記憶に新しい。
作品の詳細など情報をかなり制限された状態だったにも関わらず、発売初日にして発行部数43万部という異例の数字を叩き出した本作。出版不況と言われて久しい昨今において、ここまで景気のいい話はなかなか聞けるものではない。
発売日当日、書店に平積みされていた作品を購入し、早速読んでみた。
「命」を取り扱った純文学……。帯には「著者･齋藤智裕が、人生を賭してまで伝えたかったメッセージとは何か？ そのすべてがこの一冊に凝縮されている。」という文章が。小難しいフレーズが羅列しているお堅い作品だろうと肩肘を張った状態で読み始め、拍子抜けをした。
最初の数ページこそ大仰な表現が並んでいるものの、途中からは普段着の飾らない言葉が連なっていてスラスラ読めた。使っている語彙が平易なこともさることながら、とぼけた主人公のキャラクターも味があって好感を持てる。作者の言いたいこともストレートすぎるほど伝わってきたし、設定やストーリー展開にもオリジナリティーを感じられた。純文学というよりはライトノベル的な趣ではあるものの、なかなかの良作と言っていいだろう。オチが少し弱い点と、文章が荒削りで素人臭さが気にはなるのだが、それは今後磨いていけばいい話。本当に水嶋ヒロ本人が書いたとしたら、素直にその才能を認めたいところだ。
ただし、作家の話題性抜きにして、2,000万円の賞金を授与したくなるほどかと言われれば疑問が残る。これより優れた作品が、過去5年に渡って一作もなかったのだとしたら、ポプラ社大賞応募者のレベルが問われかねないのでは？ と心配になってしまう。結局のところ、実力を評価されたいという水嶋ヒロの本心とは裏腹に、水嶋ヒロというネームバリュー込みで大賞を与えたのではないかと意地悪な見方をせずにはいられない。
それを裏付けるように、発売日の明け方、某コンビニにこの作品が搬入された時、版元かコンビニ本社からかは定かではないが、「女性誌コーナーに陳列してください」という指示があったという情報もある。受賞時はさておき、現段階において売る側としては、小説というよりタレント本のような扱いをしていることは事実だ。
残念ながら、こうしたミーハーな売り出し方が、この小説の評価を不当に貶めてしまっているように思う。イケメン俳優の書いた小説、しかも、処女作にして大賞受賞作なんていう華々しい話題を振りまいたことにより、必要以上にアンチを生むことに繋がったのは間違いない。粗を探すためだけに『KAGEROU』を手に取った輩が大量発生したようで、現在Amazonのカスタマーレビューは600件もの投稿が並び、そのほとんどが酷評。ヤフオクもすでに叩き売り状態だ。ブックオフでも平積みされている店舗がありそうだ。
せめて賞レースのゴタゴタさえなければ、もっと正当な評価を受けていたのではないだろうか。そう思うと、水嶋ヒロという名前を看板にして部数を伸ばそうとする販売側の姿勢によって、彼の才能が潰されないか心配になってしまう。
しかし、同日発売された「SWITCH」（SWITCH PUBLISHING刊）2011年1月号の水嶋ヒロインタビューを読めば、彼がそんなヤワな男でないことが確信できる。「本当に世界に通用する映画にしようと思ったら、僕の志を汲んだ上で、理想とする出演陣を引っ張っていくような監督でなければならない。そんな、自分が心から信頼できる方の手にこの作品は委ねたいと思っているんです」（以上引用）という、図々しいと思えるくらい自信に満ち溢れた言葉から、この作品を映画化して世界に向けて発信したいという強い想いが読み取れる。これほどの信念を持っているのであれば、きっとどんなバッシングや痛烈な批評にもめげることはなさそうだ。
いずれにせよ、小説家の真の実力が問われるのは二作目以降。次なる作品が早々に出されることを期待したい。その前に芸能界復帰なんていう展開で、アンチに「それ見たことか」などと言われることがないと信じて……。
“ちょっと読んでみたい”というのが最大のセールスポイント！
湯けむりチャプター!?
