「非実在青少年問題」イベントレポート! 規制が孕む問題とは?

hi_jitsuzai.jpg『おたく:人格=空間=都市 ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展-日本館 出展フィギュア付きカタログ』幻冬舎

 ネット上と出版業界で上を下への大騒ぎとなっている、東京都議会における青少年健全育成条例の改正案問題。なぜこの問題がこれほど騒ぎになっているかといえば、改正案の中に「非実在青少年」を「みだりに性的対象として肯定的に描写すること」が規制されるという、まるで冗談のような内容が含まれており、なおかつこのままでは、それが通るであろうことが明らかになってきたからだ。

 そして3月15日に「東京都青少年健全育成条例改正を考える会」が、民主党のヒアリングに参加した後、東京都庁にて記者会見およびイベントを開催した。メンズサイゾーでは、イベント中でひときわ盛り上がりを見せていた森川嘉一郎氏の論にフォーカスし、イベントの模様をお届けしたい。森川氏は、明治大学国際日本学部准教授で『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』(幻冬舎)などの著書を持ち、ヴェネツィア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館展示「おたく:人格=空間=都市」のコミッショナーを務めた人物である。

 まず、森川氏は、「これから議員の方々や、マスコミの方々に、おそらく皆さん方にとってはよく知られたこと」を説明すると言い、しかしそこに「大きな問題がある」と言葉を継いだ。この問題とは何かといえば、いわゆる”非・オタク”に対して、自分のオタク趣味を隠すのが仁義とされていることだ、と森川氏は説く。そして、それに関しては自分もオタクとしてよく分かるとしながらも、「しかるべき時には、説明することが極めて重要」であり、その「説明する努力を怠ってきたことが、この問題の大きな一因になっているのかもしれない」と続けた。

 その例として、漫画やアニメ・ゲームを、外国人観光客を呼ぶために、どのように活かせばよいのか国土交通省が調査を行った際に、行政に携わる役人や、観光学を専門とする学者などは、ゲームといえば『ポケモン』、アニメや漫画は『ドラえもん』やジブリ作品というイメージしか持ち合わせておらず、それを秋葉原の観光にどう活かすか──といった議論をしていたという話が挙げられた。森川氏は「秋葉原に来る人たちは、アダルトゲームであったり、同人誌であったりを買い求めに来るんですよ」といちいち説明しなければいけなかった。そして、そういったことを説明すると、決まって「じゃあ良いアニメと悪いアニメはどうやって分けられるのか」と質問されるのだという。その前提には、「良い漫画と悪い漫画がはっきり分けられる」という考えがある。そのような考えを持つ方々の漫画観・文化観を総合すると、「健全な漫画家・メーカー・アニメスタジオが作った健全な作品を、健全な一般の人々が受け取り、ごく一部の悪質な漫画家・メーカー・アニメスタジオが教育に悪い作品を作り、犯罪を犯しそうな人々が受け取っている」という、前者と後者が分断され二極化した形になっているのだという。そのため、悪質なものを排除すれば、良いものだけが残って、輸出や観光にもプラスになると考えてしまっているというのだ。

 それに対し、森川氏の考える構造はピラミッド型で、底辺が広ければ広いほど頂点が高くなり、日本の漫画やアニメがこれだけ豊かな文化を醸成するに至ったのは、その趣味人口の多さがあると指摘。その底辺を占める一角として、年に2回東京ビッグサイトで開催される、世界最大規模の同人誌即売会であるコミックマーケット(以下「コミケ」)の紹介を始めた。コミケで頒布される同人誌は、多くが既存の作品のファンが描いたパロディで、その中には性表現を含んだものも多いわけだが、作品には設定が存在するわけで、コミケ準備委員会の推定によれば、発行点数の3割、部数の5割が、18歳未満のキャラクターの性表現を含んだ、エロティックなパロディであるそうだ。

 そこで、実際にどのようなエロパロ同人誌が制作されているのかという例として、森川氏がスライドに表示したのは、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイを主人公とした、ある18禁の同人誌。当然のことながら、綾波レイも、碇シンジも14歳、改正案が通った際には、アウトとなること間違いなしの同人誌である。ではなぜ、この同人誌を森川氏がピックアップしたのかといえば、作者である岡崎武士氏が、過去に商業作品で文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞を受賞しているからであった。

 さらに森川氏は、同様の例をいくつか続けた。性的な表現の規制から逃れるために、一般誌ではなく成人向け漫画誌『漫画ブリッコ』(セルフ出版/白夜書房)でデビューを果たし、後に『ヘルタースケルター』(祥伝社)で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した岡崎京子氏。日本発の美少女同人誌である『シベール』を出版し、後に『失踪日記』(イースト・プレス)で同大賞を受賞した吾妻ひでお氏。また、同賞のアニメーション部門優秀賞を受賞した『かみちゅ!』のコミカライズを手がけた鳴子ハナハル氏が成年漫画も手がけていることなどを挙げ、法によって作品を規制し、有害である・不健全であるといったレッテルを貼ってしまうことで、悪い作品だけが消えるようなことには決してならないばかりか、漫画のみならず、関係性の深いアニメやゲームといった市場までもがズタズタにされてしまう可能性があり、また、そういった場から、優れた文化的達成を得た作品の萌芽が生まれることがあるのだと警鐘を鳴らした。

 つまり森川氏は、国が認める「良い漫画」が生まれるまでに、都が認めまいとする「悪い漫画」は必要不可欠であるのだ、という毒を混ぜたユーモラスな文化論的立場で改正案に反対を表明したわけである。他のパネリストも、様々な文化論や法律論、規制が強い国ほど青少年の性犯罪率が上がってしまっている統計などの観点から、なぜこの改正案に反対しているのかを述べていった。

 山口貴士弁護士は、改正案を通したい側は今回負けてもまた出せばいいが、我々は1度負けたらお終いであると語った。仮に今回の改正案を否決できても、またすぐに同様の問題が立ち上がってくることは想像に難くない。その際にオタク趣味に理解がない層にこの規制が孕む問題を伝えるための──呉智英氏の発言をお借りすれば──「理論武装」として、分かりやすく説明できるネタを提供するのがメンズサイゾーの役割であると考え、本稿では森川氏の発言に絞ってご紹介した。この改正案に反対の読者諸兄は、是非詳しくお調べのうえ、ご自身の納得できる論旨で理論武装していただければと思う。
(文=下原直春)

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