AVライター・雨宮まみの【漫画評】第8回

ヤリたいんじゃない、恋がしたいんだ! 草食と肉食の狭間の本音がここにある!

moteki._tjpg.jpg『モテキ1』久保ミツロウ著/講談社

 痛い。痛すぎてあんま触れたくなかった作品『モテキ』。痛いんだけど、でも根が明るくて健全な方向を向いてる感じがするから、がんばってご紹介してみます。

 最近、やたら草食とか肉食とか言いますよね、人間のことを。その前はモテとか非モテとか言ってましたよね。『モテキ』は、そんな簡単に人間、ジャンル分けれねーんだよ! という現実を突きつけてくる作品です。

 主人公の藤本君は三十目前、童貞同然(一応どうでもいい女と捨てたことは捨てた)、そんなフジ君にある日突然知り合いの女からガンガン電話やらメールが来る。「もしや、これが『モテ期』では……!」と浮かれるフジ君であったが、けっこーイイ女から誘われてんのにいかんせん奥手だから何もできない。それ以前にコンプレックスが強すぎて、女からデートらしきものに誘われていても、まさか自分が男として意識されてるとも思えないでいるのだ。スキ見せてやってんのに乗ってこないフジ君に「今夜は帰らなくてもいいモード」の女はイライラしまくるし、フジ君はフジ君で「また誘ってね」と完全受け身モード。しかしさすがのフジ君にも「も、もしかして……」と思える瞬間は時々訪れるものの、そこで勇気を振り絞って押し倒したりしてみるものの「ゴメンやっぱりフジ君とは友達でいたいの!」の一言であっさりサックリ遮られてしまったりして、また「一歩踏み出すのが怖い」状態に戻ってしまう。

 フジ君は、最初は自分は「モテたい」んだと思ってる。だから、チャンスがあれば誰の手でもとりあえず握る。その女が好きかどうかなんて関係なく、握る。けどそれは本当は「モテたい」んじゃなくて、とにかく誰かに受け入れられて愛されて、自分に自信を持ちたいだけなんだ。そのことを昔の同級生・元ヤンの林田という男前の女子にフジ君は突きつけられる。

「三十過ぎた男がいつまでも声に出して自己否定垂れ流してる場合か? 何も面白くねーよ」「女から言い寄られなきゃ好きになれないのか? 何じゃそりゃ」「モテ期だって浮かれる前に本気で好きな女さがせよ そんで本気でぶつかれって」「他に男がいたって何度もフラれたっていいからやれ!! 女の心の中に土足でずかずか入って足跡残してこいよ」「モテねぇ男にはモテねぇ男なりの戦い方があんだろ?」

 モテたいんじゃない、単にヤリたいだけでもない、誰かを好きになって、そんで、その人に自分のこと、好きになって欲しいだけなんだ。そんなん、当たり前じゃないか? 人間として、そんなこと望まない人間がいるか? 非モテとかモテとか草食とか肉食とか、人間、そういう問題じゃねーだろ! 要は、自分がどうしたいかだろ! 愛されてーとか言ってないで、自分から誰かを本気で好きになって、無様な思いいっぱいして、なんかひとつでも、自分に自信持てるようなこと、自分は好きな女に、ちゃんと全力でぶつかったんだって言えるようなこと、見つけろよ、というような内容の林田のセリフは、臆病者の心を強く揺さぶる。

 フジ君はそこで一旦覚悟を決めるものの、現実には好きな女の処女を奪った男とご対面しちゃったり、その様子をリアルに妄想しちゃったり、もう繊細な心が耐えられないよーな出来事にガンガン揺さぶられ、それでも必死に耐えるのになかなか進まない恋愛、妙なタイミングで来る他の女からの誘惑。どうなる、どうする、フジ君! と思わず詰め寄りたくなるところで2巻は終わっている。

 すごくいい作品だと思う。自意識過剰のサブカルまっしぐら(もちろん男とは無縁)な青春を送ってきた30代の私は、涙なしには読めない作品だ。この作品は、恋愛って何なのか、なんで恋愛したいのか、なんでモテたいのか、そこを突き詰めてくる。突き詰められると「愛されたいんだよ! 誰かに認めて欲しいんだよ!」って、情けない本音しか出てこない。好きな人、いないわけじゃない。でも好きな人に必ず好きになってもらえるわけでもなくて、この世はままならなくて、自分の劣等感は三十路になった今でも消えやしないし、たとえ誰かの代わりでも、たまたまそういうタイミングだったとしても、誘われればクラッと来て、やっちゃったらすぐ情が移って、そんな自分が嫌で、もう一生に一度でいいから本気で誰かと愛し愛されて生きたいと思うのに、それができないままならなさが、絶妙にコミカルに描かれているこの作品は、私のようなコンプレックスを抱えたアラサー男女の心を必ずや激しく打ちまくることだろう。

 フジロックで後ろから抱っこの姿勢でくっついてるカップル見て「死ね死ね死ね死ね」と呟くフジ君の姿や、「中央線沿いに住んでるちょっとクリエイティヴ気取ってる若者がつるんでるなんて身の毛もよだつわっ 滅びろっ 滅びてくれっ」というフジ君の心の叫びや、フジ君の同類として登場するサブカルこじらせ女子・いつかちゃんの「私は誰かの自慢のお姫様になんてなれないんだ」という独白など、いちいち共感できることばっかで、鏡を見ているようなツラさを味わいながら笑うしかない踏み絵のような作品、それが『モテキ』だ。三十路のおっそい痛い青春が、ここにある。

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